Never open doors   その26


9月 2日  凶雲   18:15

side 路美花/優緒/湖那   place 図書室前

 

「湖那さん・・・」
戦い終えたばかりのロミオちゃんが、わたしの顔を心配そうに覗きこんできた。
「大丈夫。 ・・・大丈夫。」
クイーンの負傷で不覚にもこぼしてしまった涙を、眼鏡を上げて拭いながら答える。

「湖那、今のうちに私達で図書館を調べましょう。」
優緒の提案に、私は少し考えてから首を振る。
「わたしは、職員室を調べてくる。」
クイーンが作ってくれたチャンスだから、わたしが活かさないと。
「湖那さん、一人じゃ危ないですよ。」
「校長犬もいなくなったし、大丈夫だと思う。 わたしが、頑張らないと。」
胸元で構えていたカメラを持つ手に、力がこもる。
怪我したクイーンを少しでも早く、この状況から開放させてあげたい。
わたしが言い出した事なんだから、わたしが・・・

「湖那。言い方が面倒くさい。」
背の低い優緒が、そのセリフを言う時独特の『上目遣い睨み』で言い放った。
そんな事を言われるような何かを言った覚えなんか無かったので、少し面食らって顔を上げる。

「私達がいるのに、湖那一人で頑張らないといけないの?」
「優緒・・・」
ズバリと言われて、わたしは何も言えなくなってしまった。
「湖那の責任感が強いのは良い所だけど、気負いすぎると見えるものも見えなくなるわよ。」
優緒がわたしの真似をして、突き出した人差し指を2回横に振る。

そうだ。
優緒は昔からずっと、わたしを励ましてくれた。
子供の頃は、わたしが見つけ出したあらゆる物を、優緒は褒めてくれたっけ。

優緒に褒められるのが嬉しくて、わたしは写真を撮るようになった。
街並み、空の表情、季節の花々、農作業の風景・・・
外出が苦手で本の虫なのは今もあまり変わらない優緒に、わたしは近所の色々な物を撮って見せた。

湖那、すごい! 湖那、これは何? 湖那、また私に見せてちょうだいね。

それから何年か経つうちに優緒の趣味はすっかり変わってしまったけど、今でもわたしの写真を見る度に
必ず感想を言ってくれる。
そんな優緒に諭されたなら、とても素直な気持ちでわたしはそれを受け止められる。

「うん・・・ ありがと、優緒。」
「湖那、どうしてもと言うなら私は止めないわ。 けど、少しでも危険を感じたら必ず逃げるのよ。」
「そーですよ、湖那さん。 僕のとこまで来れば、またやっつけてあげますから!」
顔の前に拳を上げてニカッと笑うロミオちゃんの仕草に、つられて思わず微笑んでしまう。
「うん、ありがと。 絶対、皆で帰ろうね。」
「当然よ。」「もちろんです!」

差し出した拳を、優緒とロミオちゃんと3人で軽く突き合わせて頷き、わたしは小走りで職員室へ向かった。

薄暗いままの廊下を駆け抜ける途中で、ちらりと走らせる視線の先は保健室。
クイーン・・・ 待っててね。
カメラを握る手に力を籠めながら、わたしは辿り着いた目的地のドアを、開ける。

 

 

職員室は、先程入った時となんら変わらなかった。
ただ、あの忌まわしい怪物がいなくなっただけで不安な空気は大分薄らいだ気がする。
それでも警戒は怠れないので、わたしは一通り中を確認したうえで職員室の内鍵を閉めた。

守口先生の机の場所は知っている。
わたしは駆け寄って何か手掛かりになりそうなものが無いかと見回してみる。
机の上はきれいに整理されていて、教科書や授業資料、他にも沢山のファイルが机の奥半分を占めている。
『手掛かり』という言葉を使うのには理由がある。

そう、わたし達は、今起こっている『事件』について知らな過ぎる。
図書委員の証言もあり、朝からここにいたという守口先生は、どちらかというと『黒』寄りな気がする。
そうでなかったとしても、この『事件』について何かを知っている可能性は高い。
わたしはそう推理したからこそ、先生ごめんねと心の中で呟いてから椅子に置かれたセカンドバッグを開けた。

その中に収められている黒革の手帳を取り出し、カレンダーのページを開く。
今日、9月2日の欄には・・・あった。
『留学準備会』

それから、フリーページをぱらぱらとめくりそれらしい記述を探す。
先生の手帳は、几帳面な性格ゆえか細い行に合わせた細かい字で色々な事が書かれていた。
特定の生徒の素行や、授業の改良点、顧問をしている野球部の活動計画、買い物の覚書・・・
プライベートを覗き見るのは忍びなかったけど、今はそんな事を言ってはいられない。

暫く読み進めると、雑多な記述とは明らかに違うページに出くわした。
日記のように改まって日付を打ち、何度か文章を添削した形跡がある。
つまり『わざわざ何度も書き直し、この文章として保存しておく必要がある』内容という事なのだ。

『2013年 3月 27日
今年の4月で、三須加高校に奉職して25年、仁志本校長の元では7年目となる年度を迎えようとしている。
教師生活四半世紀という目出度い年に、本校3人目となる留学生を輩出する事となった。』
そこは、何度か語尾を書き直した跡があった。

『仁志本校長は、今回の留学が無事に成功したら来年度から教頭に就任させてくれると仰った。
学年主任から教頭へ出世するのは仕事冥利に尽きるが、また留学の手引きをしなければならないのかと思うと
手放しに喜べる訳ではない。』
・・・? どういうこと?
守口先生は、生徒を留学させる事を喜んでいないのかな?

『2013年 4月 7日
留学奨学生  岩佐 知世 を校長の指示通り、図書委員に任命。
本人は乗り気ではないようだったが、留学するまでの1学期の間だけと説明したら、奨学生という立場もあり、
断りはしなかった。』
校長の意図は分からないけど、岩佐さんは自ら立候補して図書委員になったわけではないようだ。
確かに、わたしだったら『1学期の間しかいないのに委員会って』と思うだろう。

『2013年 4月 9日
校長と岩佐と私で、校長室にて留学説明会を行った。
岩佐の希望に輝く目を、私はまともに見る事が出来なかった。』
おかしい。
まるで『留学』が良からぬ事みたいに書かれているじゃない。

一旦手帳から顔を上げ、大きく溜息をつく。
それと同時に飛び込んで来た、校長室への扉。
キーワードが揃ってきた今、わたしの脚は必然的にそちらへ向かって歩き出していた。


 

 

 

 

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