Price of Prize 2   その1


ギギギッと、車のサイドブレーキがかかった音で、目が覚めた。
ぼやけた視界には、運転席の裏側と運転手の横顔。

車・・・?
あたし、いつの間に車に乗ったのかな。
まぁ、いっか・・・
薄く持ち上がった瞼がそのまま閉じてしまいそうになった時、激しく体を揺さぶる衝撃が襲い掛かって来た。

「ほーらー! 西條先輩! 着きましたよー!!」
近くから声を掛けられているのに、どこか遠い所から聞こえているような、ぼぅっとした感覚。
そんな感覚の靄に包まれていた頭痛という怪物が、あたしが目を覚ました事でドクンと音を立てて蠢き始める。
さらに、揺さぶられたことで腹部に渦巻いていた不快感が強烈なものに変わって、溢れ出てしまいそう。
「う・・・うるさぃ、福田、ぶっ、飛ばす、ぞー・・・」
込み上げてくるものを抑え込みながら、力ない反撃の言葉だけが流れ出た。
「何言ってんスかぁ。 おうち。おーうーちーにー、着きましたよー!」
すっかり聞き慣れた後輩の大声が鼓膜から頭蓋骨を伝播して脳全体が振動しているようで、これ以上されたら
あたしはこの場で、催し物を開催してしまうかもしれない。

「あー、もー、しょうがないなー。 運転手さん、戻ってきますんで、ちょっと待っててもらえますか。」
がっしりとした男の肩にもたれかかるように車から降り、あたしはマンションのエントランスへおぼつかない歩を
引き摺られるように進める。
うー・・・寒い。
それに足を地面に着く度に、ずしんずしんと脳に響く鈍痛。
あぁ、気持ち悪い・・・。車からは降りたし、いっそここで・・・
「え、えぇっ! 西條先輩、ダメ、やめて、こんな体勢でリバースしたら俺にかかりますって!」
あたしの胃から押し出された空気の危険な音が耳に入ったのか、福田は慌てて距離を置こうとするもののそれは
できないので、エントランスの自動扉もまだ開かないような距離で思考が止まって立ち尽くしまった。

「お姉ちゃん!」
突然、駆け寄ってくる足音と、聞き覚えのある声が、あたしの脳に立ちこめる暗雲を突き抜けて響いてきた。
錘でも乗っているかのように重い瞼をなんとか抉じ開けると、霞む視界には・・・子供?

「どうしたの、お姉ちゃん! 大丈夫!?」
不安なのか、その子が私の身体を抱き締める腕の力が必要以上に強く感じる・・・んだ、けど・・・
「え、お姉ちゃん、って・・・ 君、先輩の妹さん?」
「んーん、違うけど。 ねえ、お姉ちゃん、しっかりして! なに、ねえ、この人にやられたの!?」
「え、違うって、俺は何も・・・ 西條先輩が忘年会で飲み過ぎて動けなくなったから連れて来ただけで。」

あたしに密着したままの二人が何やら言い争いを始めたみたいだけど、二人が言葉を発する振動が直接身体に
響いて、ごわごわと内臓に力が圧縮されて来る感覚に全身が震えだす。
「そんなことより、西條先輩を早く部屋に連れて行かないと。 君、先輩の部屋の鍵、持ってる?」
「オジサンは入ってきちゃダメ! 私が連れて行くからもーいーよっ!」
「ちょ、君一人じゃ無理だろ! 俺は何もしないから、二人で先輩を部屋に連れて行こ、な。」
うー、あたしを挟んでギャーギャーするの、やめてくんないかなぁ。
それに、お腹を圧迫されて、苦し・・・
てか、もう、無理。 3・・・

「ホントに!? ホっっントに何もしない? オジサン約束できる?」
「当たり前だろ、それにオジサンってゆーなよ。 俺、先輩より4つも若いんだぞ!」
ぴきっ、と、こめかみが一度だけ震えた。

2・・・
「ふーんだ! あたし、お姉ちゃんより17歳も若いもん! オジサンの方がオジサンじゃん!」
ぴききっ、と、眉間に皺が寄った。

1・・・

「へっ、小学生に言われたって別に何とも思わないもんねー。へへーんだ。」
「そーだよねー。大人だもんねー。大人だったら、変な事考えてもおかしくないじゃん。」
「な、先輩なんか●●●に何もしないって言って・・・」

福田、マジでぶっ飛ばす。

あと、
ユキちゃんも、マジで説教。

0。

 

 

日付が変わるような時刻にマンションの前で突如響き渡る、絹を裂くような悲鳴と、野太く短い叫び声。
今思えば、誰も外に出て来なかったことの方が不思議な程の大声だったのに。
世間の風って冷たいんだね。




 

 

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