Price of Prize 2   その2


ゆっくりと、目を開ける・・・
ぼやけた視界を占めるのは、見慣れた自分の部屋の白い天井。

羽毛布団の温もりの中で、あたしは昨夜の出来事を思い出すために脳を手探りする。
確か・・・酔い潰れてタクシーに乗せてくれたのは福田だった。
去年入社の後輩で、割と役に立つ男。
それからマンションの前でタクシーを降りた時、福田に寄りかかりながら帰ろうとしたら聞こえてきたのは・・・

姪のユキちゃんの声だった気がする。

でも、遊びに来ている訳でもないそんな深夜に、ユキちゃんがあたしの家にいるはずがない。
もしかしたら、夢と現実が入り混じってわけが分からなくなってるのかもしれない。

・・・やれやれだわ。
情けなさで零れた小さな溜息が、口元まで引き寄せた布団をそっと温めた。
お酒を飲みたいと思う事は殆ど無いあたしだけど、昨日の忘年会のように飲める環境だとついつい飲んでしまう。
結果、毎度のように潰れて迷惑を掛けてしまうのだけど、営業部内では既に恒例だと思われているようだ。
解っているのに、ブレーキが利かない。

と、不意に、小さなキッチンの方から良い香りが漂ってきた。
軽い二日酔いの頭でも反応する、優しい味噌の香り。
何だろうと疑問に思う気持ちよりも、本能的に呑み込んだ起き抜けの少ない唾液の方が、僅かに多かった。
母さんか姉貴が来てて、朝食を作ってくれているのかもしれない。
あたしは誘われるようにベッドから起き上がると、昨日出勤した時のブラウスとスカートを着たままだという事に
気付いて一瞬顔を顰めてから、ほんの少し隙間の空いた引き戸にゆっくり手を掛けた。

「あ、お姉ちゃん。 おはよー。」
「ユキ、ちゃん・・・ おはよぅ。」
エアコンで必要以上に暖まったリビングに併設されたキッチンに立っているのは、紛れも無く、あたしの姪。
「もう少しで朝ごはん出来るから、出来たら起こしに行こうと思ってたのに〜。」
少し残念そうな表情で小さなキッチンのカウンター越しにあたしに微笑んだユキちゃんは、手元で弾ける音を
立てているフライパンに真剣な表情を向ける。

起き抜けと二日酔いで本格始動していない脳を必死に働かせ、あたしは情報を整理しようとする。
鈍い頭痛の陰に埋もれている思考を、慌てて叩き起こそうと試みる。

「あの・・・姉貴は?」
あたしの辿り着いた結論に、フライパンの中にいる何かを皿に移し替えようとしているユキちゃんはきょとん顔。
「ん? いないよ。 あ! ねぇねぇ、お姉ちゃん、朝はコーヒーでしょ? はーい、どーぞー。」
質問に一言で答えたユキちゃんはカウンター越しにコーヒーを差出し、座って座ってとあたしを促す。
「あ、うん・・・ありがと。」
うーん・・・何かいろいろ引っかかってる。
でも、今のあたしの頭ではそこに辿り着くことが出来なかった。

まぁ、いっか。
あたしはコーヒーがなみなみと注がれた愛用のマグカップを受け取り、早速乾いた口内へ流し込む。
・・・薄い。
自分で淹れるのとは違うけど、アメリカンも嫌いじゃない。
苦い液体が最初の鍵だったのか、おかげで少し覚めた頭が次に問題視したのは室内のこの暑さ。
暖かさ、を通り越して暑い、だ。

「ユキちゃん、エアコンの温度、上げ過ぎないでねー。」
テーブルの上にあるリモコンのディスプレイを見たあたしは、なるべく軽くユキちゃんに注意して温度を4つ
下げる。
「えー。下げたら寒くなっちゃうー。 はい、お待たせ、お姉ちゃん。」
湯気を立てる食器をお盆に乗せたユキちゃんは、あたしの横にとたとたやってきて配膳を始める。

んー、いい匂い。
思考が役に立たないにも拘らず、あたしの本能は食事の気配を嗅ぎつけてぎゅるるとお腹を鳴らす。
並べられたのはご飯と豆腐のみそ汁、そしてハムエッグ。
姪が初めてあたしの為に作ってくれた料理を目の前に、素面だったら感動とか気恥ずかしさとかを感じただろう。
しかし今は思考も感情も鈍くて、コーヒーをもう一口含んだあたしは素直に言える気がした。

だから、このコーヒーを飲み下したら『ユキちゃんありがとう、いただきます』そう言おう。
横に立つユキちゃんの顔を、あたしはお礼を述べようと改めて見上げる。

そこには、あたしの言葉を待っているのかキラキラ笑顔のユキちゃんがいて。
前髪を上げた頭にはいつも通り黄色いカチューシャがあって。
フリルが全体にあしらわれた実用的とは言い難いエプロンを、料理をする為か身に着けている。

・・・・・・

・・・・・・んん?

感じた違和感を理解してしまった時には、もう遅かった。
「きゃあぁっ!」
漆黒の霧が意志とは無関係にあたしの口から勢いよく迸って、ユキちゃんの小さな悲鳴がそれに続いた。




 

 

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