Rainy pink その1

「あーあ。つまんないの。」
外出用サンダルの足先を降り続く雨で濡らしながら、コンビニからの帰り道。
斜め上の雨空を見上げてポツリとつぶやく。

何の目的もない大学生生活がつまらないものだと思い知り、爛れた日々を送る私に残された
7月後半の前期試験も残すところあと1日。
2日後に控えたその試験が終われば、晴れて実家に戻ることが出来る。

片道2時間弱、毎日東京都横断通学しなければならないことに無理を感じて始めた一人暮らし。
最初の1年はとにかく単位と資格を大量に獲得するためにバイトもせず授業三昧・・・
そんな考え方をした為に趣味のツーリングに行く回数も減り、アパートの階段下ではバイクが泣いている。
コンビニの袋の中身が濡れないよう、肩に掛けたトートバッグに歩きながら詰め込む。
気を取られてるうちに、ピシャンと水溜りに足を踏み入れて爪先が水没した。
「・・・・・・・・・。」

いつでも交通量の多い国道沿いから離れ、アパートに向かう道路に人影は見当たらない。
面倒くさがりな人でなくても、雨の日は外出しないものなのだろうか。
そう思ってふと頭の中を過ぎるあの子は私に似て、一度出かけると決めたら
雨が降っても、雪が降っても、槍が降っても出かける子。

「もう夏休みに入ったのね・・・」
自然に声に出してしまい、ふと後ろを振り向くけど別に誰もいない。
一人暮らしをしていると、どうも独り言が多くなる。

それは地元においてきた恋人がいなくて寂しいから?

私の中の小悪魔が、悪戯に心の琴線を爪弾く。
明進高校の休みは今日22日から。
どうしてるかな。海佳。
長いさらさらストレートヘアに手櫛を通した感触は、遠い昔のよう。
黒目がちな瞳はくるくると表情豊かで私の心を弾ませてくれた。
道路の真ん中で、私の足がぴたりと止まる。

私を抱きしめるしなやかな腕、私の腕の中に納まってしまう細めの身体の温かさ、白い肌の滑らかさ。
忘れたわけじゃないのに、どうしても蘇って来ない。
肩に掛けたトートバッグの中から、とにかく急いで学生証ケースを取り出す。
浜崎 友香さんの学生証の後ろには、その学生証の写真に似た少女の写真が入っている。
私と同じウーロン茶色の長い髪は、私と違って束ねていないから背中までの長さ。
ウインクした目に横Vサインが可愛い、本人曰くベストショットだからお守りだって。
ピンクの油性マジックで書き添えられたメッセージに、会いたい気持ちが膨れ上がる。

『お姉ちゃん☆大好き☆』

突発的な自分の行動からふと現実に戻ると、相変わらず雨音が私の心に降り注ぐ。
「ふぅ・・・どうしようもない。私。」
また言ってしまった。
学生証を大事にトートバッグの底に沈め、スカイブルーの傘をくるりと回して再び歩を進める。

2度ほど路地を曲がると見えてくる2階建ての真新しいアパート。
白い壁に青い屋根のその建物の一室が、私の住居。
生垣に隠れた1階は見えないが、雨だからだろうか、2階はどの部屋もカーテンが閉まっている。
築2年目というだけあって、中も外も小奇麗で、隣の部屋のコンポの音が聞こえてくることもない。
家賃が高いのは私には関係ないことなので、この住まいにはとても満足している。

建物の正面に回りこみ、2階に上る階段に向かおうとするが、誰かが私の家の扉の前に立っている。
見たことのないパステルピンクの傘が、白壁に咲いた朝顔のよう。
そして傘から伸びる、ルーズソックスを履いた2本の白い足。
「・・・・・・?」
不審に思った私は、その人物から目を離さないように、コツンコツンと2階への鉄階段を上る。


 

 

 

 

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