Rainy pink その2

「・・・っ!」
階段を上り、2階の廊下に立つその姿を目の当たりにして、一瞬自分の目を疑った。
けど、こちらに気づきパァッと輝くその顔を見て、それは確信に変わった。

「お姉ちゃんっ!!」
「み・・・海佳!?」
傘をその場に投げ捨て、階段を上りきったばかりの私に向かって、朝顔の正体が突進してくる。
力の限り私に飛び込んできたそれを受け止めきらないと、明日が来ないかもしれない。
傘を手放し、とっさに両側の手すりにつかまって衝撃に備える。

「お姉ちゃん!!会いたかったよぉっ!!」
「み、み、みかぁぁっ!!?」
私の、その子を呼ぶ声は、もはや悲鳴だった。
私を抱きしめる身体を、絶対に落とすまいと食いしばる。
ぐらりと身体が階段の方に傾ぐ。
海佳の頭が、私の顔の横でよかった。
それくらい見せられない程、必死の形相で踏ん張る私の上半身は、なんとか斜め45度で止まった。

 

「ごめんね、お姉ちゃん。さっきは、はしゃぎ過ぎて・・・」
牛乳たっぷりのホットミルクティーを前に、しょんぼり顔の海佳が正座している6畳のリビング。
「ううん。ちょっとビックリしたけど、来てくれて嬉しいよ。」
ちょっとと言うか、生死に関わるほどビックリした。
私は小さなキッチンからリビングに戻り、濃い目に入れたストレートティーをテーブルにおいて座る。

「お母さん、何か言ってなかった?」
薄ら寒い7月の雨に冷えた手を、愛用のマグカップを包み込むようにして温める。
「すぐ帰ってくるんだから、何も今日行かなくたっていいじゃないって言ってた。」
海佳は髪を耳に掛け、お揃いのマグカップを可愛い唇でふうふうと吹いて傾ける。
「でもね、あたし、一刻も早くお姉ちゃんに会いたかったから、終業式終わってそのまま来ちゃった。」
私も今年の3月まで袖を通していたその制服は、海佳の希望で私のお下がり。
それは親にとってはお金の節約に過ぎなくても、私達には深い意味を持つから。

「ふふ。嬉しいけど、慌てすぎ。さっきもね。」
人差し指で海佳のおでこをぐいっと押すと、うみゅ、という変な声が出て思わず笑ってしまう。
「だって、いつも側にいるはずのお姉ちゃんがいなくなるのが、こんなに寂しいなんて思わなかったし・・・
大学頑張ってるお姉ちゃんを応援してあげたかったから、我慢してたけど、やっぱ辛くて・・・」
顔の角度が下がっていく海佳の頭を、テーブル越しに手を伸ばして撫でる。
「そっか・・・ごめんね。私も海佳と離れ離れになったこと無かったから、寂しかった。
学校も資格の勉強も忙しくて、土日も帰れなかったけど、夏休みまでの我慢って頑張ったよ。」

今にも溢れんばかりに涙を湛えた海佳の目を見つめながら、微笑む。
「お姉ちゃん・・・」
海佳の肩に手を掛け、自然と唇を重ねる。
目を閉じた瞬間、ぬるい液体が一滴、二人の頬の間に流れ込んできた。
「泣かないの。今は一緒なんだから。」
「うん。」
笑顔で頷く海佳はもう笑顔になっていた。
小さく鼻をすすって、ミルクティーのカップを口元に寄せる。

雨降る午後の、海佳と過ごすゆったりとした時間・・・
忘れていた心の穴がじわじわと埋まっていく。
たった3ヶ月一緒にいなかっただけで、もうずいぶん長く会っていなかったような気分だった。
電話では何度も話したけど、やっぱりそれじゃ物足りない。
この笑顔、この雰囲気、この匂い・・・堪らなく愛おしい。


 

 

 

 

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