Rainy pink その19


「「いただきまーす。」」
テーブルに並んだご馳走は、帰省した私と一緒に食べることが出来ない事に対する母の気遣いか
とても豪華で、温め直すだけとは言え結構な時間が掛かってしまった。
「お姉ちゃんさ、明日、約束した買い物行こーよ。」
入浴の為上げていた髪形も元通り。茶碗と箸を手に取ると同時に海佳が提案する。
「明日?いいけど、急だね。」
横に並んでいる海佳の顔をちらりと見てから、煮物に箸を伸ばす。

「だって、一日でも早い方が良くない? そしたら、他に何か思いついても明後日できるじゃん。」
瞳を輝かせながら語る海佳に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ふふ。そっか。」
「うん。せっかくの夏休みなんだし、一日だって無駄にしたくないもん。」
この声に、笑顔に、いつも応えてあげて来たことを思い出す。
今まで日常だった会話が、こんなにも懐かしく、心地よい。
「じゃあ、どこにしようか。渋谷?原宿?それとも・・・」

「お姉ちゃんが連れてってくれる所なら、どこでも。」
私の言葉を遮って、上目遣いで私の顔を覗き込む海佳に、胸の奥がふわりと暖かくなる。
「海佳・・・」
こんなに好きな気持ち、海佳だったらもっとうまく言えるのかな。
先程食べていた唐揚げの油で光る海佳の唇に、私はゆっくりと顔を近づける。

目を閉じた私の唇に、柔らかい海佳の唇が・・・
ぷにっ
温かいけど、つるんとしたこの感じ・・・?
目を開けると、私と海佳の唇の間には・・・こんにゃく?
「お姉ちゃん。お行儀悪い・わ・よ。」
箸を差し出したまま悪戯っぽく笑う海佳。

ばつが悪くなった私は、ぱくりとそのこんにゃくに喰らいつく。
そんな私の顔を見て、楽しそうに脚をばたつかせる海佳を、許せないはずがない。
と、玄関のチャイムが鳴ったのでドアホンの受話器を取りに向かう。
「ただいま。開けてくれる?」
「お母さん。うん。今開けるね。」
受話器を置いて、後ろを振り向く。
「海佳、お母さん帰ってきたよ。出迎えに行こ。」
「えー、早くない?」
「失礼でしょ。そんなの。」
箸を置く海佳に手を差し出すと、しっかりと握り返して立ち上がる。

あと数秒でこの手は離さなきゃいけなくなっちゃうけど、心は離れないよ。
家の中でも、離れて生活していても。
ずっとね。


fin

 

 

 

 

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