Upside down その2


夏休みも明けて再開した委員会活動の、最初の一日が終わったあの日。
閉室した図書室を片付け終わり、そろそろ帰ろうとしたときの事だった。
「あんなー、氷音先輩。ちょっと聞いて欲しい話しあるんやけど・・・」
その話しの内容こそが、今の私と高波さんの関係。
「氷音先輩・・・あかんわ、ウチな・・・先輩の事好きになってしもうてん。」
そんな高波さんの思いを打ち明けられたのは、もう先月の事。

高波さんは大阪の中学を卒業すると同時に、ご両親の都合で東京に来ることが決まっていたので、わざわざ
明進高校を受験して進学してきたという、ちょっと異色の経歴の持ち主。
加えて、その身なりもうちの学校にはちょっと異色。

メイクを軽くしていて、鞄にはクマのマスコットのぬいぐるみ。
ケータイもポーチも筆箱も、アクセサリーやデコレーションが付いていて随所がキラキラしている。
元々の性格なのか出自のせいかは分からないけど、とても明るくて喋るのが大好きで、そのキラキラがまるで
彼女自身を表しているような気さえしてしまう。

私とは正反対・・・

そんな彼女が図書委員なんて地味な仕事を志願するなど、最初は私も全く似合わない話だと思った。
実際、しっかり仕事をしてくれているとは言い難い。
図書室だというのに雑誌コーナーで友達と喋っていたり、書架の整理をしているという訳でもないのに
立ち止まっている事がないのだ。
そしてそんな彼女の挙動が気になってじっと目で追っている私の視線に気が付くと、小動物のようにパタパタと
こちらにやってきて満面の笑みで私を見上げてこう言う。
「氷音先輩、なんかやることある?」

そのあまりに無邪気な笑顔を向けられる度、私は胸が高鳴るのを感じていた。
口下手で無表情とまで指摘されたこともあるほどの私の性格では、到底真似できない明るさ、純粋さ。
彼女に対して抱くこの感情は、羨望・・・? それとも・・・?

結局、そんな高波さんの笑顔に「い、いえ、別に・・・」としか言えなくなってしまい、私は表情の一つも
変えられずに自分の仕事に戻ってしまう。
普段から人付き合いも下手で友達の少ない私ではあるけど、今までこういうタイプの人とは友達はおろか、
関わりさえ持ったことが無かった気がする。

だから、これは『興味』なのかもしれない。
少なくとも、そう思うことにした。
それからというもの、図書委員の活動があるたびに高波さんが気になってしまって仕方が無かった。
クーラーの効いた夏の図書室で、ふらふらしている高波さん。
しかしいつからか自分が『早く視線に気付いて、また微笑んで欲しい』と思っていることに、ふと気付いた。

そのせいに違いない・・・私が彼女の告白を受け入れたのは。
「せやんなー。女同士で付き合おうやなんてやっぱり・・・って、ほんまっ!ええの!?」
そんなノリツッコミに、つい噴き出してしまった私。
「わー!ゆーてみるもんやー。めっちゃ嬉しー! どーしよ、ゆーたウチの方が驚いてるわ。」
その時の落ち着かないっぷりは、やっぱりどこか小動物みたいで、無意識に表情が緩んでいたに違いない。

「氷音先輩・・・そーやって笑うてや。ウチと一緒に、もっと笑お。」
私の26cmも下から見上げてそう笑う高波さんは、まるで向日葵のよう。
私をそう想ってくれる人が、こんな楽しい子で良かった。
その日、初めて私が彼女と手を繋いで帰った事は、あまりにも新しい二人の最初の『思い出』。

そんな思い出を、私は高波さんと、いくつも重ねていきたい・・・

 

 

 

 

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