Upside down その21


長い髪をジャケットの内側に隠し、ピンと胸を張って歩幅を大きく。
理美ちゃんの一歩手前で右手を胸にあて、軽く膝を折り小さく頭を下げて手を差し出す。
そんな細かな動作を、これまでに読んだ事のある本の知識から引き出し、実践する。
もう私の目はどこでもない虚空を見ていて、左側の客席も、ライトに照らされて眩しいくらいにしか思えない。

と、差し出した手に何かが触れた感触。
丈の長い手袋に包まれているものの、これは握り慣れた理美ちゃんの手。
なぜか、それがすごく安心できて、自然ともう片方の手を取り記憶を辿る。
テレビで見たことのある社交ダンスの動きを真似ると、理美ちゃんがそれに合わせてついてくる。
客席からは溜息にも似た歓声が上がった。
まさか理美ちゃんと踊る日が来るなんて思ってもみなかったけど、特別なことをしているみたいで嬉しい。
私は今、どんな表情をしているんだろう。理美ちゃんみたいに微笑めてたらいいな。

カン・カン・カーン!!
けたたましいゴングが打ち鳴らされ、ハッと我に返る。
『終〜了〜〜。』
「ええとこや!邪魔せんといて!・・・てか、鳴らす鐘の種類ちゃうやん!!」
手を繋いだままガクンと体勢を崩し、理美ちゃんのノリツッコミが炸裂する。
『ラブラブなのは結構ですが、12時のカウントダウンです。はい、はけてはけて。』
「なんやねん、その雑な扱いは!ひっどいわぁ〜。」
シリアスなシーンの後だったからか、客席から巻き起こる笑い声がさっきまでよりも大きい。

理美ちゃんは客席に向いてぴたりと動きを止めると、乱暴に靴を片方脱ぎ捨てて舞台の袖に移動した。
その態度に、また笑い声。
・・・でも、待って。靴だけじゃなくて何か一緒に他の物も落としていったけど・・・?
『待って下さい!まだお名前も・・・おぉ、これはあの方の・・・』
待って下さい!は私が思いたいところだったけど、そう読み上げられ慌てて理美ちゃんが去った下手を指差す。

『ガラスの蜘蛛!』
は・・・?
とっさに、掌より大きなゴムの蜘蛛を拾い上げて客席に掲げる。うわ、リアルで気持ち悪い!
『違う!ガラスですらない!』
私が言いたかった、まさにそのままの台詞が読み上げられて、慌ててそれを足元に放り投げる。
『こっちだ、ガラスの・・・杭!』
まさか、あの巨大ツララみたいなののコト?
オーロラ紙が巻かれた大きな円錐の筒を掲げる。
その慌てぶりがおかしいのか、温まった客席から容赦ない笑いが巻き起こる。
『違う違う、これだ、ガラスの靴!』
ようやく正解が読み上げられて、ホッとしながらそれを掲げる。
私まで巻き込まないで欲しいとか、観衆に笑われていることとか、もう、感じている余裕は無かった。

一旦袖に引っ込んだものの、すぐに私の出番がやってくる。
『家臣たちよ!ボクはこの靴がぴったり合った者と結婚するけどいいよね!答えは聞いてない!』
変な読み上げの後、全員が舞台に集結する。
継母から順に、姉1、姉2が、ちょっとずついじられて靴を履くふりを終える。
いよいよ理美ちゃんの番・・・
『あー・・・・・・では他の者ー!他に誰ぞおらぬかー!』
そう読み上げられて、ずっと自分を指差していた理美ちゃんが走るように3歩踏み出して大袈裟に転ぶ。
「ちょぉちょぉちょぉ!待って!ここに!ここにおるよー!待ってー!」
もはや大笑いとも取れる笑い声が舞台に降り注ぐ。

『継母や姉達は、キュサンドロンが合う筈ないじゃないなどとこそこそ笑っていましたが、サンドリヨンが
その靴を履いてみると・・・なんということでしょう!ぴったりと靴が合い、さらにサンドリヨンがポケットから
もう片方の靴を取り出しました。』
しかし、理美ちゃんが取り出したのはガラス・・・いや、先程のゴムの蜘蛛。
「あれ!これ違うやん!・・・ちょぉ待ってや。」
感動のフィナーレを期待していた客席が、それを裏切られて大きな笑いを吐き出す。

だけどこれも理美ちゃんの仕込み。
慌てて袖に引き返したように見せかけ、その陰で素早くドレスに着替える。
魔女=一番下の姉役の人が機転を利かせ、頭上でくるくる手を回し舞台袖に向かって力強く差し出した。
それに気付いた委員長もさすが、直ちに魔法の呪文を読み上げる。

靴を片手に着替え終えた理美ちゃんが弾けるように、舞台に飛び出してきた!
客席からは拍手と大歓声!!
『それを見た継母と姉達は驚き、今までにしたことを許してくださいとサンドリヨンに懇願しました。
ですが、心優しいサンドリヨンはそれらを全て許し、もういいのです。あなた達が私を好きでいてくれるなら、
ただそれだけでいいのです。と言いました。』
そんな読み上げの中、理美ちゃんは片膝を上げながら手首でぐりぐりとメガネを押し上げる動作をしてたけど、
感動のフィナーレを迎えることが出来て、私まで少し感動してしまう。
・・・次の読み上げが来るまでは。

『こうして、サンドリヨンは王妃として迎えられ、継母や姉達もサンドリヨンの計らいで貴族と結婚し、
王宮で幸せに暮らしました。 ・・・王子とサンドリヨンは皆からの祝福を受けながら、もはや永久となった
魔法の喜びと結婚の誓いに、キスをしましたとさ。おしまい。』

!?
・・・え・・・!?

で、でも、こんなに拍手貰ってるのに、しない訳に行かないじゃない!
「氷音先輩、ふりや、ふりでええねん。」
こそっと、マイクを押さえながら理美ちゃんが顔を近づけて耳打ちする。
しかし、完全に王子様になりきった私は、それが聞こえる事も無く近づけられた顔を両手でしっかりと押さえる。
「え・・・?」
緞帳が舞台の半分まで下りてきたその時、鳴り止まない拍手に包まれながら見つめた理美ちゃんの唇に、
ゆっくりと自分の唇を重ねた。

「んーーー!!んーーーーーー」プツッ
多分客席からは、マイクも切られてじたばたする理美ちゃんの脚だけが見えていたのだろう。
拍手には笑い声が混ざっていたから。
でも、幕の内側はそれどころではなくなっていた。

 

 

 

 

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