Upside down その20


『日本舞踊クラブの皆さん、ありがとうございました。続きましては、図書委員会の図書朗読会シンデレラです。』
大きな拍手が舞台袖にも響き渡る。
まだ自分の出番は先だと言うのに、鼓動はとっくに全力疾走を始めてしまっている。
お、落ち着きなさい、氷音。大丈夫よ、なにも台詞があるわけじゃないんだし、片岡委員長が読み上げる通りに
立ち回ればいいだけ・・・だけ・・・そう、それが一番の心配の種。
まさかとは思うけど、こんな衆人環視の中で趣味に暴走したりはしないですよね?

「氷音先輩、震えてるで?大丈夫?」
継ぎ接ぎだらけのみすぼらしい衣装に身を包んだ理美ちゃんが、心配そうに私を覗き込む。
「ダメ・・・かも・・・」
実際声に出すと、ますます気持ちが萎えてしまい、つい口元に当てた指先が確かに震えていることに気付く。
「大丈夫やって!ウチがいてるで。・・・大丈夫や。」
実際声に出されると、蝋燭の火が灯るように小さく希望の光が芽生える気がする。
理美ちゃんの灯りが、私に不思議な勇気をくれる気がして、感謝を微笑みとして返す。
「高波さん、そろそろ始まるよ!」
継母役の仲間が注意を促すと、ゆったりとしたヴァイオリンの曲が流れ出し、委員長が物語を読み上げ始める。

「よっしゃ!ほな、行くでー!」
小さく微笑んだ理美ちゃんはインカムマイクを頭につけ、ボロ布で頬被りすると、勢い良く舞台に飛び出した。
・・・え、インカムマイク?
なんで理美ちゃんだけマイク!?

どうやら、私の嫌な予感は始まる前から的中してしまっていたみたい。
委員長・・・理美ちゃんとなにか勝手に仕込みましたね!?
後ろで見ていた4人も同じように驚いた様子で、でも始まってしまってもう何も言えない。・・・そんな表情。

『昔々、西洋のある国のお話。心根は善良でお人好しな少女がおりました。彼女は、も少し背が欲しい。』
「そう、ウチの身長は親指ほど・・・って、親指姫ちゃうよ!それ、別の話しやんか!」
理美ちゃんが両手で胸を押さえるポーズをした直後に、スパン!と空中を手の甲で叩く。
シーンと静まり返る私たちと客席。

『残った仔猫ちゃんたちはあたしのコマ・・・もとい・・・』

私を含めた舞台袖の全員が、あの時の言葉の意味をハッキリと思い出しているに違いない。
ちょっ、と、委員長・・・?

『母を亡くした彼女は継母と連れ子の二人の姉にキュサンドロン、灰だらけの尻と呼ばれ虐げられていました。
それはそれは結構毛だらけ猫灰だらけ。』
「お尻の周りは灰だらけ・・・って誰が寅さんや! ・・・てか、そのネタ古すぎて誰も知らんやろ!」
なんか良くわからない振りで、継母と姉二人が慌てて舞台へ飛び出していく。

『しかし、心優しい一番下の姉だけは、彼女をエイドリアーン!と呼んでいました。』
「エーイドーリアーン! てことはお姉さまはロッキー・・・んなわけあるかーい!」
大袈裟に万歳をしながらふらふらと歩いた理美ちゃんが、出て行った魔女役の彼女の肩を軽く叩いた。
くすくすと、どこからか笑い声が起き始めたのが、ここまで聞こえてきた。
あの・・・何なの、コレ? まるでコントじゃない・・・
『コホン、失礼。サンドリヨン、灰かぶりと呼んでいました。』
「ドリしか合うてへんやん。ちゃんと呼んで〜。」
どこか空中に向かってぽつりとツッコんだ理美ちゃんの姿に、明らかな笑い声がそこかしこから起こった。

その後も、ひたすら委員長がボケ倒し、理美ちゃんはひたすらノリツッコミし倒すという、謎の展開が続き、
ペロー版シンデレラには登場しないはずの、ディズニー版シンデレラのあの魔法の呪文、
『サラガドゥーラ・メティカブーラ・ビビディ・バビディ・ブー!』すら
『サラダボール・メンチカーツ・ビビンバ・ビーフシチュー!』と唱えられ、理美ちゃんに「カロリー高っ!
そない食べたら身長が横に伸びてまう・・・放っとけや!縦に伸ばして!!」とツッコまれていた。

しかし気付けば、理美ちゃんが大袈裟にツッコむひとつひとつに、客席から次々と笑いが巻き起こる。
理美ちゃんはすごい。
言葉で、あんなに人を楽しませることが出来るなんて。
舞台袖から見守る私の心が、ほわっと温まっていくような気がする。

『・・・王宮は、誰も見た事がないほど美しい姫君が到着したことで、大騒ぎになりました。
サンドリヨンが美しい所作で舞踏会の会場に通されると、その場にいた誰もが息を呑みました。その小ささに。』
「どうや!2階の人見えへんやろ!・・・いや、違うやん!もっと他に見るトコあるって!ちゃんと見て!」
両手で自分の顔を指差して全体を見回す理美ちゃんに、またいくつもの笑い声。
『それに気付いた王子様は、たちまちサンドリヨンの美しさの虜となり、ダンスを申し込みました。』

う・・・うぇ!!
ダ、ダンス!?
確かにストーリー上はそうだけど、私ダンスなんて・・・

とはいえ、迷っている時間など私には無かった。
もうここまで来たら、私だって覚悟を決めるしかないのよ!
私は王子・・・一国の王子様・・・サンドリヨンに一目惚れする、イケメンでちょっと気障でカッコイイ王子様・・・
胸に手を当て、小さく深呼吸をした私はゆっくり目を開け、悠然と胸を張って舞台へと一歩を踏み出した。

 

 

 

 

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