図書室を出てすぐに、理美ちゃんには追いついた。
「理美ちゃん・・・」
呼び止めると、その名前の主はぴたりと足を止める。
擦れ違う誰かの笑い声は、二人の間を埋めてはくれない。
「氷音先輩・・・」
振り返ったその微笑は、いつもとは少し違うけど、そこにもう涙は無かった。
「理美ちゃん、あの・・・」
言いかけたものの続ける言葉が見つけられなくて、見つめることしか出来ない自分がもどかしい。
「大丈夫や。ウチはそない打たれ弱わない。・・・ありがとぉ。」
そんなに心配そうな顔をしているのかな、私は。
表情だけで伝わってしまったように、私にも理美ちゃんが本当に大丈夫とは思えないようにしか見えない。
やっぱり、お互いを想い合う心にまで、嘘はつけないよね。・・・わかるもの。
嬉しくて、でも気遣いが少し悲しくて、自然と頬が緩んでしまう。
「うん。・・・ちょっと、歩きましょう。」
その言葉に理美ちゃんは大きく頷くと、校内である事も気にせず私の手を取った。
「なぁ、氷音先輩。・・・おなか空いたわぁ。」
しばらく歩いたものの、どう声を掛けていいか迷い続けているうちに、先に口を開いたのは理美ちゃんだった。
「え・・・あ、そうね。」
頭の中を駆け巡っていたいろんな言葉とは余りにもかけ離れた普通の一言に、ちょっと慌てる。
ちらりと腕時計を見やると、時刻は既に2時。
バタバタしすぎて、時間も空腹もすっかり忘れていた気がする。
「やんなぁ! 氷音先輩は、何食べたい?」
輝きを取り戻した理美ちゃんの表情に、少し私も安心した。
「そうね・・・じゃぁ、うちのクラスのたこ焼きはどうかしら?」
「おぉ!えぇねぇ。さすが氷音先輩やぁ。」
今朝、友達が差し入れしてくれるって言ってたのを思い出して提案すると、理美ちゃんは嬉しそうに足を速める。
わ、わ、ちょっと、引っ張らないでったら!
「たのもぉ~!」
ソースと生地の焼ける匂いが階段の方にまで漂っていて、テンションの上がった理美ちゃんが教室に着くなり
大声で中に呼びかける。
そんな大声出さなくても・・・
「おぉ!来たなー。氷音王子。」
出迎えてくれた友達の一撃に、つい顔が苦笑いになってしまう。
「ひのちゃん。すごい盛り上がったんだって?頑張ったんだねー。」
「いえ、私はなにも・・・」
ヒーローインタビューを受ける野球選手ってこんな気持ちなのかしら。
今までそんなに目立つことをやったことが無かったから、照れくさい。
「そーやー。氷音先輩なしではあんな感動巨編は成り立たんかった。感動したっ!」
私の隣で腕を組み、理美ちゃんはウンウンと評論家のように何度も頷く。
いや、理美ちゃんは出演者なのに感動してたどころじゃないじゃない・・・
「そんなに? あーあ。やっぱ観に行けば良かった~。」
友達が言うと、大袈裟にへたり込むその姿に皆で笑ってしまう。
「お昼過ぎに、図書室に差し入れ持ってったけど、食べてくれた?」
あ・・・そうだったんだ。 そうよね、差し入れって自分で取りに来るものじゃないわよね・・・
「何言うてんねん! 焼き立てやなかったらあかんねんて。せやから来たんやんかー。」
「あ、違うの、えと、終わってから着替えてすぐ出てきちゃったから、食べられなくて・・・」
ストレートすぎる理美ちゃんの言い方のフォローをすると、顔を見合わせた友達が同時に噴き出す。
「あはは。ホント、後輩ちゃんと一緒の時の青山さんは楽しそうだよね。」
「ねー。」
「え、そう、かな・・・?」
な、二人とも、何言ってるのよ・・・ からかわないでよぉ。
「よし、じゃ、あたしたちも二人に負けないくらい熱いの焼くからね。ちょっと待っててね。」
「頼むでー。あ、デート中やから青海苔抜きでよろしゅぅな~。」
「ちょ、理美ちゃん!何言ってるのよ!」
慌てる私をよそに、たこ焼きを焼きに行く友達のあとを理美ちゃんが付いていく。
でもそれが、新たな騒動を巻き起こすことになろうとは思ってもみなかった。
「え、ちょぉ、待って? ナニコレ?」