Upside down その24


素っ頓狂な声を上げた理美ちゃんの方へ、何事かと首を巡らせる。
シーンとなった教室に、鉄板で焼ける生地の音だけが響く。
理美ちゃんはワナワナと震えながら鉄板を指差し、よろりと一歩後ずさる。

「理美ちゃん?」
なんだか急に不安になって駆け寄る私に気付くと、理美ちゃんの不満が爆発する。
「氷音先輩・・・たこ焼きに、なんか変なもん入れよった・・・」
「変なもの?」
私が鉄板を覗き込むと特に気になることは無く、焼き始めた友達も不思議そうに首をひねっている。
生地が油で焼けていく香ばしい香りが、空いたお腹を刺激する。

「よぉ見て・・・ほらぁ!」
理美ちゃんが指差したのは、キャベツのみじん切りがたっぷり入ったタッパー。
「キャベツ・・・?」
「キャベツぅ!?なんでたこ焼きにそんなもん入れんねん! 聞いたことないわ!」
私の答えに理美ちゃんの眉が見たことないほど釣り上がり、そのあまりの剣幕にクラスの皆がざわつきだした。
「そ、そうなの? もしそうだったとしても、そういう料理だと受け止めてあげて。・・・ね?」
理美ちゃんが必死でフォローする私に気を逸らしているうちに、友達は素早く手を動かし続ける。

「粉にキャベツって、そんなんお好み焼きやん! ・・・って、おわぁ!今度は何や!?」
ジュワーッと大きく油が跳ねる音が響く。
たこ焼きの表面をカリッと仕上げる為に油を塗った音が、理美ちゃんの機嫌を更に逆撫でしたようで、わしわしと
頭を掻き毟ってその場で何度もヘッドバンキングする。
「あ、えと・・・理美ちゃん・・・?」
とても止められないほど暴れる理美ちゃんに声を掛けると、その動きは突然ぴたりと止まった。

「あぁ・・・なんて事や・・・今度は唐揚げになってもーた・・・」
がっくりとその場で膝を着き、まるでスポットライトを浴びているかのように虚空に向かって話し出す。
「うふふ・・・まさかたこ焼きさんにまで裏切られるやなんて。東京に来て半年、どうせ東京で美味しいたこ焼きに
出逢えることもないやろ思うてたけど、まさか、東京ではこんな変わり果てた姿やとは・・・おぉぉ・・・」
クラスだけでなく、僅かにいた他のお客さんまでもが、理美ちゃんに視線を向け、固まってしまった。
今動いているのは、たこ焼きを焼き続ける手を止める訳には行かない友達ただ一人。

「そーか、ウチは・・・受け入れるしかないんか。これがジェネレーションギャップちゅうヤツや・・・」
「理美ちゃん、それはジェネレーションギャップじゃなくて、カルチャーショックじゃ・・・」
珍しく適切なツッコミが出たものの、理美ちゃんは依然として自分の世界の中。

「あのさぁ後輩ちゃん、とりあえずコレはコレとして、食べてみてくれないかな?」
差し出されたプラスチックの容器に、ゆっくり顔を上げた理美ちゃんが手を伸ばす。
カリッと狐色に焼き上がった球体からは湯気が立ち上り、覆い被さる鰹節に魅惑のダンスを踊らせる。
その隙間からは食欲をそそる甘めのソースの香りが鼻腔に飛び込んできて、口内に唾液が湧き上がる。
誘われるように楊枝に手を伸ばし、拗ねて尖りきった唇でふうふうしてから、ゆっくりと、口に、運んだ。
熱かったのか、丸めた唇からはうはうと息を吐きながら何度も咀嚼するその横顔に、全員が注目する。
クラスのみんなが、お客さんが、友達が、私が。
多分、再び静まり返ったこの状況は、最初の一声を誰もが固唾を飲んで待ちわびているという事に違いない。

「うん・・・悪ぅない・・・」
パチ・・・パチ・・・
どこからか、誰からか、拍手が始まったとたん皆が手を叩きだす。
パチパチパチパチパチパチ!!
思わず私も拍手してしまうけど・・・えと、そんな状況だったっけ?
いまやここに居る全員が拍手の雨を注ぐ中、膝立ちの理美ちゃんは黙々とそれを口に運び続ける。

「どぉ?美味しいでしょ? ほら、素直に認めなさいっ!」
ビシィッ!と効果音が付きそうな勢いで、友達がソースボトルを理美ちゃんに突きつける。
「んー。まぁまぁやな。 けど、これはたこ焼きやないっ!」
ビシィッ!と効果音が付きそうな勢いで、理美ちゃんが空になった容器を突きつける。
・・・って、もう全部食べてる!

「もう!頑固ね!」
怒った友達の事など何処吹く風、理美ちゃんは私の手を取るとズンズンとドアの方へ向かう。
え、ちょっと、なに!?
「氷音先輩・・・特訓や。」
ポツリとこぼした理美ちゃんの言葉の意味が、私の脳の中で3回転しても意味を成さない。

「え、ど、どういう・・・事?」
引き摺られながら恐る恐る確認する私に、理美ちゃんはギラリと鋭い笑みを浮かべて振り返る。
「氷音先輩に、明日あんなパチもんのお好みオバケ作らせる訳にいかんやろ。 せやから、ウチがホンマもんの
たこ焼きの作り方教えたる! 今日から師匠と呼びや!」
えぇー!! 別に私はそんなつもりなんて無いのにぃ〜!

小さな手に力強く先導されながら、華やかな文化祭の廊下を後に・・・
あの、理美ちゃん、荷物! 荷物取りに行き忘れてるわよ!?

 

 

 

 

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