Vier mädchen その1


「おはようございまーす。お邪魔します。」
お店の一番奥のテーブルを拭いていたところに待ち遠しかった声が聞こえて、わたしは店の入り口を振り返る。
「みのちゃーん! おはよー!」
ふきんを手に大きく手を振りながら、わたしは一目散にみのちゃん目掛けて駆け寄る。

「ぐふっ! ・・・おはよ。かすみん。」
飛び込んだわたしを受け止めたみのちゃんの喉から変な音が漏れ出た気がしたけど、お休みの日に朝から
会えるのが嬉しくて、私より少し高い位置にある微笑みに、もっと大きな笑顔を返す。
「おはよう。永江さん。 朝早くからすまないね。」
厨房で仕込みをしていたお父さんが、エプロンで手を拭きながらホールにやってきた。
もう・・・折角みのちゃんが来てくれた大事なひと時なのに。
「あ、おはようございます。 私も楽しみですから、構いませんよ。」
お父さんの目を気にしてか、みのちゃんがそっと私から体を離した。

日曜日の今日、みのちゃんが遊びに来てくれたのは、うちのカフェで出す新作メニューの試食をお願いする為。
みのちゃんの他にも、両親の知り合いや信頼できる常連さんが、このあと何人か来る予定。
「かすみ。じゃれてないでお通ししなさい。」
普段はあまりしゃべらないし干渉してこないお父さんだけど、お店にいる間は別人のようにいつも真剣。
「はーい。 どーぞ、こちらへ。」
でもそんなお父さんの真摯に働く姿は少しカッコいいから、わたしは素直に従う。

今日のみのちゃんは初夏らしい爽やかな装い。
大きく開いた青いシャツの内側はトロピカルプリントのキャミで、足元のサンダルと相まって南国の雰囲気。
全面ガラスの窓際席に降り注ぐ日の光で、ショートパンツから伸びる健康的な生足が白く輝いているみたい。
そんなみのちゃんを見ているだけで、どこか南の島の砂浜でバカンスを楽しんでるみたいな気分になれそう・・・

「かすみん、見過ぎ。」
たっぷり3往復した私の視線に、みのちゃんが口に手を当てて笑いながら呟いた。
「だって、みのちゃん可愛いんだもん。」
「あは・・・ありがと。」
しょうがないじゃない。ホントの事なんだから。

「あ、そだ、みのちゃん、何か飲む?」
「試食会始まってからでいいよ。 ありがと。」
「うん・・・わかった。」
先に出してあげたかったけど、みのちゃんがそう言うなら。
あとは、あとは何か言わなきゃいけない事は・・・

あ。

「ごめんね、みのちゃん。わたし、試食会の準備手伝ってるところだった。」
朝一番に会いたかったから、実はちょっと嘘をついて本当の集合時間よりも少し早い時間を言っちゃったのに。
「んーん、いーよ。 私も手伝う?」
バッグをテーブルに置いて立ち上がろうとするみのちゃんの肩を、私は慌てて押さえる。
「違うの! いーの、みのちゃんは座ってて!」
「そ、そぉ?」
わたしの慌てぶりに、みのちゃんは困ったような目でわたしを見上げる。

そんな目で見ないで・・・
胸の奥が苦しくなって、わたしもどうしたらいいか分からなくなったから、つい見つめ返してしまう。

「んー・・・ でもさ、二人でやったら早く終わるじゃん。」
優しい微笑みが、わたしの心に生まれた苦しみを溶かしてくれた。
「みのちゃん・・・」
ぽんと私の頭に置かれた掌が、溶けた苦しみのあった場所をふわりと埋めてくれる。
「さ、やっちゃお。 ふきん貸して。」

差し出された手にわたしの手を重ねて。

「うん。 ありがと。」
みのちゃん。大好き。


 

 

 

 

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