Vier mädchen その10


「和桜? ・・・いる?」
入り口のドアがほんの僅かに軋んだ音を立てて開き、そこからわたくしの名前を呼んだ声にハッとします。
慌ててガタガタと錠を開け、内側に開いた扉からひょこっと顔を出すと、声の主である我が生徒会副会長の
岩淵紫鈴さんと目が合いました。

「あぁ、そこにいたの・・・って、ちょっと、どうしたの?」
目が合ったからでしょうか、わたくしの目元の異変に気付いた彼女が小走りに駆け寄ってきました。
「ふぇ・・・すぅちゃーん!」
それに気付いてくれた事が嬉しくて、わたくしは力一杯すぅちゃんを扉の内側に引き込んで抱き締めます。
「あっ・・・ちょっ、な・・・お、痛い、痛いってば!」
「ふぇぇ〜、すぅちゃ〜ん・・・」
安心のあまり再び溢れ出した涙を、すぅちゃんの肩で抑えます。

「なに? どうしたの、和桜。 なんで泣いてんのよ?」
わたくしの腕の中で、状況を把握できないすぅちゃんが問い質します。
「あどでぇ、あだじぃ、ぞごでなんが噂されじゃっで、ぞれで、ごわぐなっじゃっでぇ〜。」
泣きながらで若干不明瞭でしたが、なんとか説明すると、すぅちゃんがはいはいと頭を撫でてくれます。

「言いたい人には言わせておけばいいの。 いちいち気にしてたら、トップは務まらないのよ。」
「うん・・・」
すぅちゃんの冷静な言葉に、わたくしの中に渦巻いたものが少しずつ、勢いを弱めて晴れて行きます。
ひくひく震えていた肩のペースもゆっくりになり、すぅちゃんの身体の感触に心が落ち着いてきました。

「いい子ね。 さぁ、もう大丈夫でしょう?」
「うん・・・」
ありがとう、すぅちゃん。
やっぱりわたくしには、すぅちゃんの傍だけが、安心できる場所。

「さぁ、和桜、もう離して。」
「うん・・・」
もう少しだけ浸っていたくて、わたくしは目を閉じたまますぅちゃんの髪の香りに酔いしれます。
「和桜、ちょっと、離しなさい。」
「うん・・・」
それでも離さないわたくしの腕の中で、華奢な身体が暴れ出します。
腕ごと背中を抱き締めているので、すぅちゃんはわたくしの腰を必死で押してきます。
「いい加減にしなさい! 和桜っ!」
「あぅ・・・はぁい・・・」
仕方なく体を離すと、すぅちゃんは二の腕を痛そうにさすってから髪を掻き上げました。

「まったく・・・和桜、最近スキンシップの仕方が当麻さんに似てきたんだけど?」
意識していなかっただけに、衝撃的でした。
確かに、わたくしとすぅちゃんはあの二人ほど仲が良いとは言い難いかもしれませんけど・・・
でもね?

「当麻さんがやってるなら、あたしもやっていいじゃん。」
「あの二人は付き合ってるんだからいいの! 私達は違うでしょう!?」
拗ねたわたくしの発言に、すぅちゃんの語気が荒くなります。
「じゃぁ、あたしたちも付き合おうよー。」
「・・・・・・。 無茶言わないで。」
折角のわたくしの提案も、すぅちゃんはふいと顔を逸らして却下してしまいます。

と、新たに誰かがお手洗いに入ってきて、わたくし達は話を打ち切らざるを得ませんでした。
「とにかく、これから会議なんだから、そんな顔で来ないでね。 目を冷やせば少しはましになるから。
あー、でも、瞼を擦っちゃダメよ。 わかった?」
「うん。ありがとう。」
そんな気遣いが嬉しくて、わたくしの唇にはやっと笑みが戻りました。

「皆には少し遅れるって言っておくから、ちゃんと来るのよ。」
そう言い残したすぅちゃんが先に生徒会室へ向かったので、一旦扉を閉じて本来の用事を済ませる事にします。

すぅちゃんは、わたくしが時間になっても生徒会室に姿を現さないのを気にして探しに来てくれたようです。
どうしてここが分かったのかは分かりませんが、探しに来てくれた事に、胸の奥が暖かくなります。
教室のエアコンと照明を消して戸締り、それから生徒会室へ。
落ち着きを取り戻したわたくしの頭には、これからの予定が次々と組み上がっていきます。

すぅちゃん、ありがとう。


 

 

 

 

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