Vier mädchen その14


「それでは、5月21日の定例会を終了致します。 来月の体育祭については、本日の決定をもとに進める事と
しますので、当麻さんは今週中に足りない備品を確認、先生に手配してもらって下さい。
各部活の補正予算案に関しては、永江さんが予算残額と申請のあった部活を確認のうえ、次回の定例会までに
わたくしに報告願います。」
周囲を見回しながら的確な指示を出す和桜の横で、私は退屈な生徒会の会議が終わるのを待っている。
大きすぎず、それでいて部屋中に届くよう調節された声は凛と澄んでいて、心地よく耳に入ってくる。

「岩淵さんは、次回までに7月の校外学習の候補を選定して下さい。 では、他に質問等ありますか?」
「いえ、ありません。」
腕を組んだまま返答した私以外からは返事も無く、ただ視線をこちらに向けているだけ。
聞かれているのだから返事をしなさい。主体性の無い人たちだこと。

「では、解散します。 皆さん、お疲れ様でした。」
「「「おつかれさまでしたー」」」
和桜の一言で会議は終了し、役員、教職員、関係者はぞろぞろと生徒会室を後にする。
私は後頭部に両手を当てて大きな欠伸を一つ、皆の背中に向けて投げつけてあげた。
最後の一人が出てドアを閉めるのを見送ったのは、一番奥に座っている私と和桜の二人。

さて、今日は帰ったら宿題を16分で済ませ、空いた時間はすべて経済学の勉強に費やさなければならない。
カタタンと軽い音を鳴らしてパイプ椅子から立ち上がった私に、横から鈍い衝撃が走った。
「ふえぇ〜!すぅちゃ〜ん! 怖かったよぉ、緊張したよぉ、危なかったよぉ〜・・・」
突如、空気が抜けた風船のように態度を軟化させた和桜が、泣きそうな表情で私に抱き付いてきた。
私より僅かに身長が高いとはいえ、どこにこんな力があるのかと思う程のベアハッグが私を襲う。

「和桜! ちょっと、放しなさい! なーおっ!」
「だぁって〜、みんなすっごい顔であたしの事にらんでたんだよー! こぉんな、こーーんな!」
和桜は両手の指を使って目を吊り上げ、口角を下げ、どこにそんな顔をする奴がいるかと思う顔を表現する。
「和桜。 それはどっちかというと面白い顔よ。」
見たままの感想を述べると、同意を得られなかったのが悔しいのか、和桜は口を尖らせて眉を顰める。

「それにぃ、あんなにピリピリした雰囲気だったんだもん、もー、倒れた方がマシってくらい!」
私の両肩に掛けた手を、これでもかとガクガク揺さぶってくる。

コンコン。

「失礼しまーす。 会長・・・?」
不意に扉がノックされ、生徒会室に誰かが入ってきた。
会議が終わって退出していった2年生の会計、永江さんだ。
「あら、永江さん。 どうしたのかしら?」
ノックの1度目に鋭く反応した和桜はパッと身を翻し、何事も無かったように背筋を伸ばして微笑んだ。
「先程の補正予算の件ですが、どうしても気になった事があったので。」

・・・まったく、いまだに彼女の性格が、私には掴めない。
入学式のあの時、遅刻さえしなければ、今こんな事にはなっていなかっただろうに。
どうして彼女に話しかけてしまったのか、私自身にもわからなかった。
普段なら、確実に通り過ぎていたはずなのに、なぜ、そんな事をしたのか。

「・・・さん。 岩淵さん。 それでよろしいかしら?」
名前を呼ばれてハッと我に返ると、二人が答えを求めて私を見つめていた。
「え、えぇ。 いいと思います。」
「分かりました。 では、それで進めます。」
話を全く聞いていなかったけど、作り笑顔で返答した私の一言でそれは終わったようだった。
出しなにぺこりと一礼し、永江さんは再びドアの向こうに姿を消した。

「すぅちゃ〜ん。 びっくりしたよぉ〜・・・」
へなへなと膝をつき、へたり込んだ和桜が私の腕を掴んだ。
「わかったから。 ・・・もう、生徒会長になって3回も会議したんだから、そろそろしっかりしてくれない?」
「だぁってぇ〜・・・」
よくもまぁ、こんなに簡単に涙目になれるものだと感心してしまう。
歪みかけでも整った顔立ちの和桜の頭を、私は見下ろしながらそっと撫でてあげる。

成績優秀、眉目秀麗、温厚で運動神経も悪くないし、噂では家事も完璧とも言われている和桜が、こんな態度を
見せるのは、どうやら私にだけらしい。
気にはなっているが、まぁもう少し観察すればいずれ真実は見えてくるはず。

「ほら。 帰るわよ、立ちなさい。 そんなに軽々しく膝をつくんじゃないの。」
「うむぅ・・・なんでぇ〜?」
私の腕に頬擦りしながら立ち上がる和桜を目で追いながら、何故か、言葉が一つ零れ落ちた。

「支配・・・したくなっちゃうじゃない。」
「・・・え・・・?」

「え、な、何でもないわ。 行きましょ。」
無意識に落としたセリフを、慌てて回収する。
何を言ってるのかしら、私は。

腕を和桜から取り返し、足元の鞄を拾い上げて足早に生徒会室を後にしたくなる。
何であんなことを言ったのか、訳が分からない。
「あ〜ん、待ってよぉ、すぅちゃ〜ん!」

そんな甘い声を出した和桜は、廊下に出ればピンと背筋を伸ばし、擦れ違う生徒にはいつもの微笑み。
「あ、生徒会長。 さようなら。」
「さようなら。 気を付けて帰ってね。」
私と同じ色のリボンを付けた生徒が小さく頭を下げて行った。

穏やかで柔らかい笑顔を返す和桜の横で、もう何度もその光景を見て来たけど、いまだに私の頭の中では
よく分からない感情が渦巻いているのであった。


 

 

 

 

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