特別な友達・・・
そうは言ったものの、正直、ボクも何が変わるのか判らなかった。
1時間目終了のチャイムが鳴ったので、二人のお花畑から我に返ったボクたちは慌てて教室に戻る。
教室は、既に体育を終えて戻ってきたみんながいつも以上にざわついていて、ドアを開けた途端、
汗と汗処理グッズの匂いが襲い掛かってくる。
そんな中に何食わぬ顔でボクたちが足を踏み入れた瞬間、パっとざわつきが収まってのち、一瞬の静寂。
・・・・・・・・・
様々な長さの矢印が斉射されたものの、すぐに元の雰囲気に戻ったことにボクは少し安心した。
『特別な友達』の定義は『お互いを好きと言える事』。
でもそんなの日常的に乱発することではないし、ボクも、そして千河も多分望まないはず。
そうでなかったら、いつも以上に硬い表情で一言も声を発しない千河の態度の理由が付かない。
じゃぁ、どこで言うんだろ?
席に着いてボンヤリそんな事を考えていると、ポンポンと肩を叩かれたのでボクは大儀そうに振り返る。
「まゆきち、さっきはよくも・・・」
運動で乱れた髪を整え終えたあられが、何かを言おうとして、不意に言葉を止めた。
その視線の先は、ボクの目・・・よりも少し左側。
「あー・・・いや、いいわ。なんでもない。なんでもないから。」
顔の前で何度も大きく手を振って、オホホと笑うあられが逆に不気味だ。
「なに?なんか今ありもしないことに納得しなかった? ちょっと、あられ!?」
その言葉にピクリと千河が反応したことになど気づくはずも無く、ボクは立ち上がってガクガクとあられの
肩を揺さぶる。
「あっはは、そんなことないよーぉ?」
完全にボクから顔を逸らしたあられは、白々しくニヤニヤ顔でオホホホホホと笑い続ける。
キーンコーンカーンコーーン
空気を読める奇跡のチャイムが、2時間目の開始を告げる雄叫びを上げた。
結局、その日は何の変化も無い1日が流れていった。
新しく始まる2年生の授業の初日ならではの、真新しい教科書に折り目をつける瞬間は気が引き締まる思い。
初めて同じクラスになったお隣さんを新たに含めたグループでお昼ごはんを一緒に食べるのも楽しかった。
(その子の名前?・・・あ、忘れた。)
やがて授業も終わり、千河とは別れの挨拶を一言だけ交わしてボクは新人生勧誘会の準備が始まる部活に
行かなければならなくなる。
(あれ・・・何も、なかったな・・・)
忙しさのあまり、そう思ったのは既に家路についた時だった。
よく考えれば当たり前なんだけど。
だって、『特別』なのを実感できるのは、千河に『好き』って言う時だけだから。
言わないなら、普通の友達と何ら変わらない。
もしかしたら千河の方がよっぽど、ボクが言ったこのルールを理解しているのかもしれない。
「そうなんだけど・・・でも・・・」
日の暮れた住宅街の真ん中でポツリと言葉がこぼれた。
人がいないとは言え、ボクは周囲も省みず頭を抱えて地団太を踏む。
あー!なんか、もやもやする・・・
少しは気が晴れるかと思って見上げた空は、小さな轟きを纏うどんよりとした重い雲に埋め尽くされていた。
今のボクみたいだ・・・
額に一滴、ボクの涙が落ちてきた。
その涙は途端に溢れ出し、仕方なくボクは急いで家へと走ることになった。
そんな違和感を引きずったまま、あっという間に時は過ぎて、ボクの誕生日でもある土曜日はやってきた。