「まゆ。それ、全部持って帰るの?」
昼食を買う為に立ち寄ったマックから出た途端、千河がボクに問いかけた。
「しょうがないじゃん。まさか学校で捨てるわけにも行かないでしょ?」
結局紙袋には8つほどの誰かの想いが詰め込まれて、ずっしりとボクの腕に『重い想い』として伝わっている。
「ホント、優しいふうに見えるのよね。そーゆー態度って。」
ふんと顔を逸らした千河はやっぱりお気に召さない・・・よねぇ。
商店街を抜け、ボクたちは朝ボクが言った『静かな場所』へと向かう為に歩を進める。
幸いにも駅とは異なる方向に伸びるこの商店街の先で自校生と遭う事もなく、そのまま住宅地へと入っていく。
しばらく無言で、4月の風が吹く路を歩く。
出歩く人影も殆ど無く、穏やかな日差しが照らす中、響くのは足音とマックのビニール袋の音だけ。
「ちょっと、まゆ。どこ行くのよ? こんな方に公園とかなんてあったっけ?」
いい加減痺れを切らしたのか、ついに眉をキリリと逆立てて千河が静けさを打ち破る。
惜しかったなぁ・・・
もうちょっとでゴールだったのに。
仕方なくボクは、足を止めることなく少し先の一軒家を指差す。
「あれ。ボクのウチ。」
ゆっくりとボクの指から指し示す場所へ視線を移した千河が、それを聞いて足を止める。
「えっ!ウソっ!」
「ウソなんかつかないよ。ほーら。」
そう言ってボクは満面の笑顔ビームを拡散させながら、走ってそこに辿り着く。
柵を開けて半分身体を外に出したまま手招きすると、千河は慌てたように小走りでボクに追いつこうとする。
「ま、待ってよ!そんなの聞いてないよ?」
「言ってないもん。当たり前じゃん。そんなこと学校で言えるわけ無いし。」
明らかに取り乱す千河に、ボクは悪びれた素振りも見せず言い放った。
千河はうむぅ〜と口を尖らせてその事実を飲み下す。
それを確認してから、ボクは鞄のサイドポケットから鍵を取り出して我が家の玄関の扉を開ける。
「そ、そうよね。ゴメン・・・いきなりだったから、ちょっと慌てた・・・」
落ち着いて少し小さくなった千河がキョロキョロしながら柵の内側に入ってくる。
ボクは靴を脱いで玄関を上がると「ただいまー!友達連れてきたー!」と、大声で奥に向かって声を掛ける。
「あ、あの・・・お邪魔します・・・」
それとは比較にならないほど小さな声で恐る恐る千河がその後に続く。
「あー、気にしないで、千河。誰もいないから。」
ニコニコしながらボクはすぐ目の前にある階段に足をかける。
「あ、なんだ、そーなのね・・・」
ふうと溜息をついた千河が靴を脱ごうとするのをぴたりと止め、キッとボクの方へ顔を上げる。
「・・・って、じゃあまゆ、誰にただいまって言ったのよ! ってかなんで誰もいないのよ!!」
驚いてるのか、怒ってるのか、怯えてるのか、千河が変な表情になってさっきのボクよりも大きな声で叫ぶ。
「あはは。千河、今のノリツッコミ最高! あ、ボクの部屋2階ね。」
階段を上がっていくボクの背中に「ちょ、ちょっと〜」と靴を脱ぎ始めた千河が縋る。
今、千河の動きを止めるわけには行かない。
ボクは2階の一番奥にあるボクの部屋のドアを開けて千河を待つ。
あ・・・あれ?
千河がなかなか上がってこない。
玄関が開く音はしてないから帰ってはいないと思うけど・・・
と思っていると、足音も立てず、相変わらずキョロキョロしながら階段を上がってくる千河。
階段の途中でボクの視線に気が付いたのか、そそくさと小走りでボクの横に立つ。
「ちょっとは片付けたんだけど・・・汚いかな?」
なんて言いながら千河に入るよう促す。
実際、片付けるものなんて普段から片付けてるから、昨夜はカーペットをコロコロで掃除したくらい。
「んーん・・・片付いてるんじゃない?」
部屋に2歩、足を踏み入れた千河は忙しなく頭を小刻みに動かしながら、そうぽつりと言った。
「あは。良かった。じゃーさ、適当に荷物置いて食べよーよ。ボクお腹空いちゃった。」
そう言いながら千河の脇をすり抜けて部屋の奥にある鏡の横に荷物を放り、折り畳みテーブルを部屋の
真ん中に広げてマックの袋をとさりと置く。
「そーね。あたしも。」
テーブルの入り口に一番近い場所に、鞄を置いた千河がちょこんと正座する。
「千河。ブレザー脱ぐならハンガーに掛けとくよ。」
そう言って手を差し出すも、千河はまだ少し硬い表情のまま「んーん。いい。」と小さく手を振った。
んー・・・なんか、ちょっと緊張してるのかな?
ボクは自分のブレザーだけを壁に掛けて、弾むように千河の右に座る。
「えへへ。いただきまーす。」
まだ冷め切っていないハンバーガーとナゲットの箱を取り出すと、いつもと同じ匂いがふわりと漂う。
その様子を見ていた千河も、同様に袋の中身を取り出してテーブルに並べる。
スティック型のアップルパイにポテトパイ、それにオレンジジュース。
千河は本当に甘いものが好きだなぁ。
無意識に浮かんだ微笑をちらりと横目で捕らえた千河は、無言でストローを紙コップの蓋に突き刺す。
うーん。千河の緊張を解せるかどうか分からないけど、ボクは言葉を発する。
「あ、ボク、飲み物買わなかったんだった。お茶持ってくるから、先食べてて。」
ひょいと立ち上がるボクを千河の顔が追う
「え、あ、うん・・・」
ボクが部屋のドアを閉めるまでその顔は追いかけてきたけど、一人にしておいたら案外気持ちの整理が
付くかもしれない。
そんな期待を込めて、ボクはドアを閉めて階下のキッチンへ向かった。