「あー、面白かったね。薫。」
駅近くの映画館から、大通りの人ごみの中に飛び出す。
私は効き過ぎた空調と座りっぱなしで固まった身体を、大きな伸びをしてほぐす。
くるりと回ってあなたに向き直ると、わずかに陰を落とした表情で目尻が光っているように見えた。
「お、面白かった・・・?」
よろりと重い足取りで私に追いついたあなたが、恨めしそうに私を見つめる。
「沙織って、ホントにホラー映画好きだったんだね。」
映画館の大音響スピーカーから轟いた悲鳴がまだ耳から離れない、この夏の話題作。
どうしてもこの夏休みの間に見ておきたくて、嫌がるあなたを無理やり誘った。
「えっへへ。薫って、こういうの苦手だったんだー。」
「そんなの誘われた時から言ってたじゃん!」
悪戯っぽく唇の端を持ち上げてからかう私から、あなたはぷいと目を逸らす。
ちょっと怒ったあなたの短い髪が、照れ隠しのカーテンを引く。
「ふふ。でも、付いて来てくれてありがと。」
そう言ってつないだ手を、あなたはしっかり握り返してくれる。
バッシュを履いていて、いつもよりちょっと背の高いあなたが頼もしい。
あなたと付き合い始めて1ヶ月。
高校から入った私に、中学から持ち上がりのあなたはとても優しくしてくれた。
すぐにクラスのみんなとも仲良くなったけど、あなただけは特別だった。
「終盤のあのシーンでさ、突然化け物が出た時、マジで悲鳴上げそうになっちゃったよ。」
「上げてたじゃん『げひぃっ』て。なかなか言わないよ『げひぃっ』なんて。」
大げさに声を裏返してあなたの悲鳴を再現すると、顔を真っ赤にして私を叩く。
「に、2回も言わなくていいでしょー!」
「あっはは。ごめんごめん。」
往来ではしゃぐ私たちを、いかにも邪魔そうに通りすがりのサラリーマンが避けて行った。
「あ、沙織。ここのアイスコーヒー好きだったよね。寄っていこうか。」
あなたが指差す先は、緑色の看板を掲げるコーヒーショップ。
クラスではリーダー的な役割で、周囲ばかり気にしているあなた。真面目すぎるよ?
「うん。じゃあ、映画付き合ってもらったし、あたしがごちそうしちゃう。」
みんなにする人当たりの良い笑顔と、私だけにする笑顔が違うことに3回目で気づいた。
「マジで!?やった。じゃ、入ろ。」
ぐっと私の手を引っ張るあなたに、私はどこまでもついていきたい。