Look at me その1


私立 明進学園 講堂

しんと静まり返る入学式の厳粛な雰囲気の中、式典は進んでいる。

「では続きまして、今期の新生徒会長の挨拶です。」
司会進行から告げられたアナウンスを合図に、私は教諭席の末席からすっと立ち上がる。
普段からしていることとは言え、背筋が伸びるとはまさにこの事。
優雅に、悠然と、生徒席の脇から演壇へ続く6段の階段を登る。
緊張はしない。幼い頃から人前に立つ事は多かったから。
むしろ身体に駆け巡るのは高揚感・・・

演台の前に立ち、小さく頭を下げて全体を見渡す。
全生徒の視線が、私に集まっているのを感じる・・・
「新入生の皆さん。ようこそ明進学園へ。」
中音に調節して出した声はマイクを通り、スピーカーから響き渡る。
「主席での進級の為、教職員の皆様よりの推薦を受け、今期生徒会長を務めます。岩淵 蘭と申します。」
全体を見渡しながら、自らに言い聞かせるように自己紹介を行う。

初めは、生徒会加入を断っていた。
1学年を主席で進級すると生徒会長に推薦されることは知っていたが、あくまでも選択権は学生次第。
自由を重んじる校風ならではの仕組みに、最初は感謝していたものだ。
「学生、教職員、PTA、そして地域も交え、皆さんがよりよい学生生活を送ることが出来るよう、
我々生徒会は活動していくべきだと考えます。」
今でも志が変わったとか、皆の役に立ちたい、なんて思ったわけではない。
「生徒会は学生の代表ですが、皆さんの協力あってこそのものです。忌憚のない意見を皆さんにお願いし、
私からの挨拶と致します。よろしくお願い致します。」

大きな拍手に包まれる中、再び小さく頭を下げて演壇の下手に移動する。
私が生徒会長に就任した理由、それは私が自覚する唯一の弱点。
「では続きまして、新生徒会副会長の挨拶です。」
私が居た場所とは反対側の教諭席の末席から、ぱたぱたと小走りにこちらへ駆けて来る姿。
普段はおっとりしているのに、彼女は妙に機敏な動きで演壇に立つ。

「岩淵生徒会長より指名を受けまして、今期生徒会副会長を務めます、速水 由梨です。」
少し高めにドレスアップした声で話し始める横顔は、緊張が隠しきれていない。
しかしながら私の心を捉えて離さないのはその真剣な表情の輝き。
背中まで流れるまっすぐな黒髪、幼さを感じる輪郭にすっきりとしたパーツ。
普段は控えめで、とても気を遣ってくれる大人しい子。

「岩淵生徒会長の補佐として、皆さんのために頑張ります。よろしくお願いします。」
手短な挨拶を終えてペコリと頭を下げ、私の横に大きく息を吐きながら立つ。
ちらりとお互いの視線が合い、由梨は安心したように小さく微笑んだ。

私が高校から入学し、初めて出来た友達・・・それが彼女だった。
共通の話題もないのに、出自のせいでクールな態度をとり続ける私を疎むこともせず、話しかけてくれた。
冷たい生活環境で凍った心を、彼女の暖かさや柔らかさが徐々に溶かして来るのを感じた。
だから私は、この子にだけは心を開こうとしているのかもしれない。
初めて持った感情に戸惑いながら、ただひとつ確信的な事。それは・・・

一人の人間を、知りたいと思った。という事。

 

 

 

 

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