「みっひー。いくら好きでも、ちょっと買い過ぎじゃない?」
仄温かい紙袋が2つ入ったビニール袋を揺らしながら隣を歩くみっひーに、たまらず問いかける。
「いや、一つは土産だ。」
60個入りで千円。それを二つ買ったのには意味があったみたいだけど、それにしてもあたしと二人で一袋
平らげるつもりなのだろうか。
「ねぇ、食べながら歩こうよ。」
冷めないうちに食べたいし、好物を頬張った瞬間のみっひーの顔が見てみたくて、袋を指さす。
「行儀が悪い。」
あう・・・
ぴしゃりと言い放たれてしまい、場所を探すのも忘れてがっくりと項垂れる。
すれ違った親子連れが不思議そうにあたしを振り返りながら、楽しげな会話を続けていた。
「萌南、落ち込まないでくれ。 そんなにお腹が空いていたとは思わなかった。」
いや違うけど・・・
がさがさと袋に手を入れる音が聞こえて、あたしの前に差し出されたベビーカステラ2粒。
「みっひー・・・いいの?」
上目遣いで確認すると、ほんの一瞬だけ、みっひーの視線が逸らされた気がした。
「あぁ。萌南だけに行儀悪い事をさせる訳には行かない。 私も・・・共同体だ。」
そう言って片方を自分の口に運ぶと、みっひーはもう一つをあたしに差し出し小さく微笑んだ。
くぅ〜〜〜! なんてお上品で真面目で良い子なのっ!
あたしのクラスメイトなんて、お菓子をつまみながら自分の髪の毛いじるような人だっているというのに。
胸中に巻き起こる感動の渦に飲み込まれながら、あたしは受け取ったカステラを口に放り込む。
シンプルな優しい甘さが、咀嚼するたびに鼻へと抜けていく。
「んー。おいひいねー。」
きっと、あたしがしてたのは物凄く良い笑顔だったのだろう。
「そうか。よかった。もう一つ食べるか?」
少し表情を崩したみっひーが指先に挟んだそれに対し、あたしは大きく口を開けて待ってみる。
「あーん・・・」
ふざけているのよとアピールするために薄ら笑いを浮かべるあたしの舌に、みっひーは躊躇なくカステラを置く。
見つめ合いながらパクリと口を閉じると、逃げ遅れたみっひーの爪をあたしの唇が掠めた。
はぁぁぅっ! どーしよー!
みっひーの指が、あたしの唇に・・・
たったそれだけなのに、ドキドキと鼓動が反応を始め、頬が熱くなってくるのが分かる。
「んー、おいひぃ・・・みっひー、今度はあたしがしてあげる。」
ダメもとでそう言って差し出した手に、何を思うかみっひーは、ちょこんとこんがりキツネ色の球体を置いた。
ちょっ、くれたって事は、やって欲しいって事?
視線で問い返すも、みっひーは至っていつもの表情。
「はい、あーん・・・」
え、いいの?マジで?
震える指先を、ゆっくりとみっひーの顔に近づける。
あたしが指を近づけるのと同じ位ゆっくりと、みっひーの口が開き始める。
それとは反対に、あたしの鼓動はどこまで行くのかという程にどんどん加速して行く。
「あーーーーーっ!」
背後で聞こえた子供の甲高い叫び声があたしの指を止め、思わず二人同時に振り返ってしまう。
さっき擦れ違った親子連れが、空を見上げている・・・?
いや、その視線を追うと、石畳の上方に張り出した木の枝の先端に黄色い風船が一つ。
登って取ろうにも、風船の紐が絡まった枝の先端は細すぎて乗れそうにない。
子供はどうしてもその風船を諦められないらしく、両親に取ってくれと駄々をこね始める。
ちょっと・・・あのラブラブムードをよくもぶち壊してくれたわね?
その罪、万死に値するっ!!
心の中で、見下し過ぎて見上げてしまったポーズを決め、あたしはこめかみをぴくぴくと震わせる。
必死に諦めろとか無理だとか宥める両親に、子供は大泣きで対抗している。
勘弁してよ、行こうみっひー。
そう言おうとした時、あたしの横にいたみっひーが、そちらに向けて歩き出した。
え、えぇっ、係わるの? てか、どうにもできないでしょ?
そんな思いを胸に、慌ててその自信に満ちた後姿を追いかける。
「あの風船、大事か?」
両親には目もくれず、みっひーはいきなり子供の前に屈みこみ、そう話しかけた。
子供は涙と鼻水と涎をこぼしながら、大きく頷く。
「どのくらい大事だ?」
その質問に、顔を上げた子供は両腕を大きく回し、しゃくりあげながら掠れた声で「いっぱい」と訴えかける。
「よし、では私が取ってあげよう。」
みっひーは安心させるように、子供の頭にポンと手を載せ立ち上がって、あたしを振り返る。
ど、どうやって?
どうみても、あたしたちの身長の3倍はありそうな高さを見上げて、頭の上にハテナを量産してしまう。
「萌南。済まないがここに立ってくれるか?」
そう言って3歩下がった位置で、みっひーはあたしにトートバッグを預ける。
うん。まぁ、荷物持ち位ならするけど・・・
「後ろを向いて、私のバッグを頭の上に高く掲げてくれ。」
よく解らない指示を受け、あたしは心配げに言われたとおりの態勢を取る。
「しっかり踏ん張っていてくれよ。」
えー・・・なになになに?
すっごい怖いんですけど・・・
お弁当や小物が入っただけの軽いバッグを見上げながら、あたしは祈るような気持ちでその時を迎えた。