「おわぁ・・・おっきな家・・・」
下町の商業地と住宅地の丁度間くらいの場所に、みっひーのお家はあった。
外壁沿いに門まで回り込むだけでえーと・・・百歩は歩いた気がする。
てか、うわお!
時代劇に出てくるような武家屋敷みたいに立派な門構えが、どどーんと威圧的にあたしの前に聳え立っている。
ホントにここで合ってるのかと気になったあたしの目に飛び込んで来た表札の文字は間違いなく『嵐山』。
うーん・・・
インターホンに伸びた指が、ぴたりと止まって引っ込んでしまう。
一度躊躇してしまうと、どうも再び指を伸ばしづらくなってしまうのって、あたしだけかな?
仕方なくちょっとその辺をうろうろしてみる。
‐‐‐‐‐‐‐‐
事の発端はついこの間。
中間試験も終わり、みっひーの事をもっと知りたいと思う気持ちが爆発しかけていたところに、それは訪れた。
「ねぇ、みっひー。」
「なんだ、萌南。」
学校の帰り道、たまたま一緒になったみっひーに持ちかけた相談。
「今度さ、みっひーのお家に遊びに行ってもいい?」
その一言に、みっひーはピタリと足を止めて虚空を見つめ、真剣に何かを考えだした。
え、と・・・
そんなに考え込まなくても、とツッコもうとしたその時だった。
「うん。他ならぬ萌南の頼みだ。 それに先日は私が萌南の家にお邪魔してしまったからな。」
あたしに言う訳でもなく、みっひーはぽつりと呟いて、こちらに向き直る。
「わかった。 いつがいい?」
そんなの言うまでもないじゃん! 早ければ早い方がいいに決まってる!
「今度の日曜日! どーかな?」
期待を込めた眼差しで、あたしはみっひーの返答を待つ。
「そうか。ではじじ上様の予定を確認して今夜連絡する。」
じじ上様・・・?
なんだか只ならぬ呼び方をしてるけど、きっと・・・お祖父さんの事よね?
「うん・・・じゃ、メールでも電話でもいいから。よろしくね。」
「あぁ。では今夜。」
そう言って小さく手を振ると、みっひーは地下鉄の反対ホームへと続く階段へ降りて行った。
‐‐‐‐‐‐‐‐
ハッとなって回想モードから抜け出したあたしは、つい周囲をキョロキョロしてしまう。
うわーん!! これじゃあたし100%不審者じゃない!
「もし、当家に何か御用でしょうか?」
後ろから男の人の声が掛かって、ビクンと肩が跳ねる。
恐る恐る振り返ると・・・
のおぉっ! ちょーイケメン!!
少し長い黒髪を後ろで束ね、縁の無い眼鏡を掛けたお顔立ちに浮かぶは爽やかな微笑み。
山吹色のポロシャツに白っぽいチノパンという涼しげな恰好の若い男性が、いつの間にかそこに立っていた。
うちに、という事はみっひーのご家族・・・ってことよね?
「え、えと、霜塚と申しますが、み、みひろさんはご在宅でいりゃっさいますでしょうか!?」
日本語が怪しいうえに若干噛んだことにも気付けないまま、慌てて頭を下げる。
「あぁ、みひろの。 お話はかねがね。いつもお世話になっているそうでお礼申し上げます。」
みっひーったら、あたしのこと家族に話してるみたい。
なんだか少し、嬉しい。
「い、いえいえいえ、こちらこそ・・・」
「みひろがあなたの事を話すときはとても嬉しそうでしてね。仲良くして頂いてありがとうございます。」
ご丁寧過ぎる反応に戸惑いながらなんとか会話を繋ぐ。
「おっと、長話もなんですね。 どうぞ、ご案内しましょう。」
にこりと風のような微笑みを浮かべながら、その男性は大きな門の横にある小さな扉へとあたしを誘う。
外観だけでビビッていたあたしを待ち受けていたのは、どっしりと正面に構える大きな日本風の建物。
長い歴史さえ感じさせるような重厚な造りは、詳しくないあたしでも感じるほどの風格。
「すごい・・・」
「そちらは当家の道場です。 住まいは裏の離れですから、こちらから回ります。」
思わずその堂々たる佇まいに見惚れてしまったあたしを振り返ったイケメンさんが、石畳から外れて庭園の
脇の方へと手招きする。
それに気付いたあたしは、鯉が泳ぐ池の横を小走りで追いかけた。