Massive efforts その18


「萌南・・・と空(くう)兄様。」
玄関の引き戸を開けて出迎えてくれたみっひーは、あたしの横に立っている人物を意外そうに眺めた。
「外で異常な昂り方をしている『気』があったので様子を見に行ったら、お友達がいらしてたよ。」
あくまでも爽やかに、『空』と呼ばれたお兄さんはそう言い残して板張りの廊下の奥へと姿を消してしまった。
そして初対面の人にさらりと『異常』って言われたことに軽くショックを受ける。

「よく来たな、萌南。 上がってくれ。」
柔らかく微笑むみっひーに、あたしの鼓動は落ち着く気配を見せない。
「うん。お邪魔しまーす。 ・・・あ、これ。リクエストのお土産。」
トートバッグに入れてあった紙袋を手渡すと、みっひーは申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまない。どうしてもここのどら焼きを萌南にも食べてもらいたくてな。 後でお茶を淹れるから、まずは
私の部屋へ案内しよう。」
靴を脱いだあたしに差し伸べられた手を取り、障子戸で両脇を仕切られた廊下を少し進み、2階へ上がる。

「大きなお家ね・・・」
トントンと小気味良い音を響かせながら階段を上ると、増築された箇所なのか、左右の廊下の壁に2つずつ
据え付けられたドアの右手前側のドアノブに、みっひーは手を掛けた。
「ここが私の部屋だ。」

案内された部屋は、少し違和感を感じる部屋だった。
洋風な廊下の扉を開くと、ふわりと鼻をくすぐる藺草の香り。
ベランダに通じる大きな窓の外は沢山のバスタオルが夏の風に靡いていて、ちらちらとその隙間からここに来る
までに見てきた街並みが見え隠れしている。
畳の部屋に置かれてるのは教科書や参考書が整然と並べられた座卓と、地デジ化されてないテレビが置かれた
背の低い古びた箪笥。
あたしにはそれが本物の木なのか判らないけど、エアコンも天井同様木目調のデザインなので部屋の雰囲気を
壊すことなく存在している。
ベッドがないのは、今みっひーが座布団を出してきた押入れに布団が収納されているからなのね。

「すごーい! 畳の部屋っていーなー!」
あたしにとっては、旅館でもなければ出会えない和風の空間にテンションが上がってしまう。
ただ、余りにもがらんとしている事だけが、少しだけ気になった。
「そうか。気に入ってくれて嬉しい。 お茶を持ってくるので、済まないがちょっと待っていて・・・」

コンコン。
「みひろー。お茶持ってきてやったぞー。」
ノックと共にドアの向こうから先程の空お兄さんとは違う男性の声がして、思わず身構えてしまう。
「研兄様か・・・」
そう呟いてみっひーが開けたドアの向こうにはまたまたイケメン!?
「ほれ。 ・・・ったく、兄貴は人遣いが荒いんだよ。」
ぶっきらぼうに湯飲みや急須の載ったお盆とポットを差し出す彼は空さんとはだいぶ印象が異なる。
無造作ショートヘアと同じ黒色のTシャツの袖を捲り上げ、胸には「Gonna Cool!」の赤い文字。
使い込んだジーンズを腰で穿き、それを支えるのはリベット留めが鈍く輝く太いベルト。
顔立ちは確かに空さんに似ているけど、もっとこう、挑発的というか勝ち気そうな印象に感じる。

「ありがとう。 研兄様、済まないが萌南の土産を空兄様に持って行ってくれないか?」
紙袋を差し出された研お兄さんは一瞬不快な表情を浮かべたが、それはすぐに喜びの表情に変わった。
「だからなんで俺が・・・って、おぉ! 金剛堂のどら焼き!」
袋に顔を突っ込むのと同じ勢いであたしを見た研お兄さんが浮かべたのは、今日の太陽のように無邪気な笑顔。
「サンキューな、みひろの友達!」
「あ、いえ・・・」
胸元で小さく手を振って答えたあたしより、興味は既にどら焼きの方にあるようで、紙袋を高く掲げてくるりと
その場で一回転すると、弾むように階段を下りて行く音だけを残して行った。

「ふぅ・・・すまないな、萌南。」
あたしの向かいに座布団を置いて座ったみっひーが、受け取ったお茶の準備を始める。
「何が?」
ポットのお湯を茶碗と急須に注ぎながら急に謝ったみっひーに、あたしは真意を掴み兼ねて聞き返す。

「到着早々騒がしくて。」
「んーん。きょうだいがいるのっていいよね。あたし一人っ子だから羨ましいよ。」
それにあんなにイケメン揃いだしね、とも思ったけど、みっひーの可愛さが一番だから、それは言わなかった。
「ふむ。 母上も言っていたが、まぁ、家事のやり甲斐はあるな。」
急須のお湯を捨てて茶葉を入れてゆっくりとお湯を注ぎながら、真顔で言ったみっひーの口元は少し嬉しそう。
「あは。それ皮肉じゃないの? もう、アゲハちゃんじゃないんだから・・・」

みっひーからそんな意外な一言が聞けて、思わず笑ってしまう。
「ふふ。 さぁ、どうぞ。」
みっひーは温めた茶碗に急須から新緑色の液体を注ぎ、一度回してあたしの前に置く。
「ありがとー。頂きまーす。」
柔らかい湯気が舞い踊る茶碗を口に近づけると、優しいお茶の香りがゆるりと鼻の奥へ流れ込んでくる。
淹れたてのお茶を吹いてからほんのちょっぴり口に含むと、苦味よりも先に甘みが駆け巡る。
「あっ! ・・・おいしい。 こんな優しい味のお茶、初めてかも!」
「そうか。萌南に喜んで貰えたら、私も嬉しい。」
「なんかね、みっひーの優しさが一緒に入っているみたい。」
「・・・。 そう、かな?」
そう言って目を逸らしたみっひーも、一口お茶を啜って小さく溜息を洩らした。

「おっと、そうだ。 茶菓子を用意しよう。少し待っていて・・・」
慌てたように、みっひーは立ち上がる。
やっぱり照れたのかな?
可愛いんだから、もー!

 

 

 

 

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