「氷音先輩・・・初めて、キスしてしもたなぁ。」
照れくさそうに微笑む高波さんの笑顔は、やっぱり向日葵のよう。
明るくて元気の出る、素敵な力に溢れている気がする。
「そ・・・そうね・・・」
それに後押しされてやっと出た言葉はこれっぽっちで、私の顔もどんどん熱く火照って来たのに気付き、
ふとまた視線が彷徨ってしまう。
しかし、そのせいで私は大変な事に気付いてしまった。
高波さんの背後のドアが、倒れ込んで来た時のまま開きっ放しになっている事に。
ど、どうしよう・・・
一番奥の個室とはいえ、こんな状況で誰か入ってきたら・・・
今までの昂りが嘘のようにサァーっと音を立てて引いていく。
天にも昇る高鳴りを奏でていた私の胸が、一転して地獄のビートを掻き鳴らす。
私の上で幸福に浸る高波さんは、当然ながら後ろの事など気にせず私を抱き締め続ける。
それに、二人ともここに居るってことは荷物が盗られたりしないかしら・・・
あぁ、こんなラブラブなシチュエーションなのに私の心は完全にそれどころじゃなくなってしまったなんて、
我ながら損な性格だと実感してしまった。
「氷音せんぱーい。ね・・・もぅ一度。」
そう言って唇を寄せる高波さんに、流されてしまいそうな気持ちを抑えて声を押し出す。
「た、高波さん、ダメよ・・・ドア、開いてるし・・・」
あと1センチのところで高波さんの顔がぴたりと止まり、みるみる不機嫌さに満たされる。
「えー!? ずっと開いてたやん。今、開いててもしたやんかぁ。」
「そうだけど、それに、荷物だって心配だし・・・解って、高波さん。」
懸命に説得する私に対し、高波さんは頬を膨らませて頭を引くと、ぽつりと呟いた。
「嫌なんや・・・」
「ち、違うの、高波さん、嫌なんかじゃ・・・」
慌てて否定するも、言葉が続かない。
ああぁぁぁ!もぅ、どう言ったら解ってくれるのかしら・・・
「ふふっ。」
噴き出した息が私に掛からないように、ちょっとだけ顔を背けて高波さんが微笑んだ。
「ウチな、氷音先輩の困った顔、めっちゃ好きやねん。」
いきなりの発言に、意味を受け取れないままきょとんとしてしまう。
「あ、ちゃうねんで。 勘違いせんといて欲しいんやけど、困らせたいわけやないねん。
困った顔するちゅう事は、ウチの言う事ちゃんと受け止めてくれてるちゅう事やんか?
せやから氷音先輩がウチの事、真面目に考えてくれるんが嬉しいんや。」
照れたように、でも真っ直ぐ私を見詰めてはにかむ高波さんが、そっと私を離れて地面に降り立つ。
「高波さん・・・」
今は私を少しだけ見下ろす向日葵が、私の胸の中を明るく照らす。
この子は一体、どれだけの数の微笑を持っているのだろう。
その一つ一つが、私の心を照らそうと乱反射する。
この想い、伝えたい。
だから、私は変わらなきゃいけない。
人見知りを克服するのが難しいとしても、高波さんにだけは言えるようにならないといけない。
そんな決意を胸に顔を上げると、そこには優しく私を照らす高波さん。
「うん。おおきに。」
そう言って手を差し伸べた高波さんの感謝の言葉は、まるで私の心を見透かしているのではないかと思えた。
「私こそ・・・ありがとう。高波さん。」
その手をとって立ち上がると、向日葵は再び天に向かって角度を取り戻し、小さく微笑んだ。