Auf heben その9

翌日。

理沙ちゃんは学校を休んだ。
やっぱり、昨日の事・・・
理沙ちゃんのお母さんは風邪だって言ってたけど、本当なのかな?
そんな事ばかり考えてるうちに、試験前の大事な一日は過ぎていく。
気がつけば授業も終わり、昨日と同じように鍵を任されて教室に一人。
違うのは、理沙ちゃんが学校にいないという事。

「はぁぁ・・・」
溜息が止まらない。
だって、理由が判らないんだもん。
私が悪いなら、謝る事も、直す事もできるはず。
何がいけないの?
じわじわと涙が込み上げてくる。

「だぁ〜れだっ☆」
突然視界が真っ暗になり、目のところに冷たいものが押し当てられる。
軽く弾む声が後ろから掛けられるが、到底答える気にならない。
「もぉ〜。絢センパイ、ノリ悪い〜。」
しばらく黙っていると、ぱっと手を離した三崎さんが不機嫌そうに私の前の席に座る。
「うわ・・・また今日は一段とブルーだねー。どしたの?」
他人の不幸が好きな人には、今の私は格好の餌だろう。暗紫色のオーラが渦巻いているのが自分でもわかる。
「別に・・・」
とだけ言って目を逸らす。
「あー。ゴメンね。あたし軽い方だから、重い人の辛さってわかんなくって・・・」
「違うわよ!」
机をバン!と叩いて席を立つ。
三崎さんがビクッと驚いて身をすくめたのに気づき、私もハッとなって我に返る。
「あ・・・ゴメン・・・」

力なく座りながら、叩きつけた手を机の下に隠す。
と、三崎さんが机の上に2つキャンディを取り出して私の方に押し出した。
「ね、絢センパイ。あたしでよかったらさ、話してみてよ。
・・・その、力になれるかもしれないし・・・」
「でも・・・」
視界が机だけになっている私の目の前で、黄色いキャンディが三崎さんの指に連れ去られた。
話せる訳ないよ・・・。

折角気を遣ってくれてる三崎さんには悪いけど、追い返すしかなさそう。
キャンディを頬張った三崎さんにそれを切り出そうとしたとき、先に口を開いたのは三崎さんだった。
「ひょっとしてさ、天沼さんのコト?」
理由なく出て来るはずのない理沙ちゃんの名前が発せられて、思わず顔を上げる。
「やっぱりね。あたし、昨日見ちゃったもん。」

ま、まさか・・・

私の鼓動が急激に強く、早くなる。

顔からサァーっと音がするほどの勢いで、血の気が引いていくのがわかる。

「天沼さんが、寝てる絢センパイの横でじーーーっと絢センパイのこと見てたの。」

は・・・?

「そ、それだけ?」
私は、やっと搾り出した震える声で、三崎さんに尋ねる。
「なに?それだけって?・・・あたしが見たのはそれだけだけど・・・」
三崎さんは、少しきょとんとした顔になってから再びその目に好奇の火を点す。
「あ!もしかして、そのあと何かあったの!?ねえねえ、キスとか!?」
恐ろしく明るい表情でそう言って、両手で口を押さえるポーズをする。
「バ、バカなコト言わないでよっ!そんなコト、するわけないじゃない、女同士で・・・」
普段は寧ろ敬遠する言葉で、とっさに身を守る。
「ふーん。」
三崎さんは内カール癖がついたシャギーをいじりながら、明らかな疑いの眼差しを私に向ける。
ご丁寧に目が据わっていて、すごくわかりやすい。
それでも、動揺しきっている私はそれ以上何も言えなくなってしまう。

「そーかなー?あたしは別に、女だから好きにならないとか、意味ないと思うけどなー。」
キャンディの包み紙をねじねじしながら、ちらりと私の方に視線を投げる。
「だってさ、好きなんだったら性別とか関係なくない?あたしはそんなの言い訳だと思うし、納得しないよ?
一緒になっちゃいけないって決まりもないし、あったとしても諦められる訳ないじゃん。ホントに好きなら。」

その言葉は、三崎さんから出てくるにはあまりにも意外で、私に突き刺さった。
「三崎さん・・・すごい、ちょっと見直した」
「とーぜん。愛のデンドーシだもん。」
調子に乗った三崎さんが面白くて、ちょっと気が楽になった。


 

 

 

 

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