Auf heben その10

「でもさ、絢センパイすごいね。あの天沼さんでしょ?」
「え?なにが?」
私が問い返すと、三崎さんはバキッと音を立ててキャンディを噛み砕いた。
「天沼さんて、陸上部のエースで、人気あるんだよ?ファンもいるみたいだし。そんな人が恋人だなんて・・・」
私の目を覗き込みながら、三崎さんが鼻を鳴らす。
「こ、恋人だなんて言ってないじゃない!そりゃあ、理沙ちゃんは
優しいし、一緒にいて楽しいし、カッコイイし、可愛いし、とってもステキだけど・・・」
つい、理沙ちゃんの話題になって、勢いがついてしまう。
「あーー。はいはいはいはい。絢センパイの天沼さんへの気持ちはよーく解りました。どーもゴチソーサマ。」
三崎さんが肘をついたままひらひらと右手を振る。
「え、まだ、私何も・・・」
私が慌ててそう言うと、三崎さんは呆れたように髪をかき上げた。

「そんだけ言ってくれたら、もう解ったってば。」
三崎さんは左右の脚を組み替えて、両腕を頭の後ろに置き、大きく伸びをする。
「あーあ。あたし、絢センパイのこと狙ってたのになー。」
「え・・・?」
そ、そうだったの?
「でも、その様子だと応援してあげなきゃってね。」
一瞬、三崎さんの表情が変わった気がしたけど、すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
そんなこと、逆に困る。
応援なんてされて目立ったら、余計に理沙ちゃんが気を悪くしたら、それこそ迷惑だ。
私が黙って俯くと、三崎さんは諦めたようにアメリカ人のお手上げポーズをする。
「はぁ・・・こりゃ相当重症だね。」

わかってる。

自分でもおかしいって。
聞けばいいって。
でも、あんな表情の理沙ちゃん、見たこと無かったから・・・
「絢センパイ、ゴメンね。あたし、やっぱり力になれなかったね。」
不意に声が掛かって、三崎さんを振り向く。
「え、あ、そんな事無いよ。気にしないで。私こそ、勝手に塞ぎこんじゃってて。
ありがと。少しは元気出てきたよ。」
気を遣ってくれたことに感謝の意を表す。

ふと上がった三崎さんの目には、今にも溢れんばかりの涙がうるうると溜まっていて、
真剣に私を見つめている。
「あ、あはは。ゴメンね。絢センパイ。なんかさ、好きな人の役に立てないって、
こんなに悲しいんだなって、あたし・・・」
三崎さんの大きな目が瞬きすると、心の欠片が両目からひとつずつ零れ落ちた。
「三崎さん・・・」
今までに見たことのない三崎さんの表情に、どうしていいか分からなくなる。

「あ、あれ?あたし、なんかズルイね。こんなトコで泣いちゃうなんて、
絢センパイの同情引いてるみたいで、おかしいよね・・・」
三崎さんは手の甲でグッと目をぬぐう。
「あたしさ、最初はただ絢センパイが可愛いからってだけで好きになって、華道部にも入ったのにさ、
一緒に部活するうちに、だんだんそれだけじゃなくなってきて、もっと好きになっちゃって。
逆にね、好きすぎて近づけないってゆーか、これ以上近づいちゃいけない気がしてきて・・・」

好きすぎて、近づけない・・・。
そういうことが、あるのかな。理沙ちゃんにも。

「でもね。それでもこーやって友達でいれば充分かなって。」
三崎さんは赤い目のまま静かに微笑んだ。

「三崎さん・・・私は・・・」
そう言ったものの続く言葉が見当たらない。
三崎さんはそれを気にした風も無く腕時計に目を走らせる。
「あ!いっけない。もうこんな時間だ!じゃ、あたし帰るね。」
ガコンと音を立てて椅子を元に戻すと、鞄を肩に掛けて立ち去ろうとする。
そんな三崎さんが心配になって横顔を見上げたら、目は赤いけど、すっかりいつもの三崎さんだった。
ドアを開けて出て行く三崎さんが、こちらを振り返る。
「じゃね。絢センパイ。もし、いろんなことが嫌になったらさ、今度は別の方法で相談に乗ったげるからね。」
ニヤニヤ笑いを残しながら、パタンと小さくドアが閉まる。

好きすぎて、近づけない・・・か。
理沙ちゃんも、まさかそんなことに?
それとも、ホントに私のこと嫌いになったの?
ぽつんと私の机に残された黄色いキャンディの包みを開けて、口に押し込んでみる。

・・・。
すっぱい。


 

 

 

 

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