Auf heben その12

理沙ちゃん・・・

コンコン!
突然部屋のドアがノックされ、一瞬で現実に引き戻される。
「絢。開けるよー」
姉の声がドア越しに聞こえるのと同時にドアが開いた。
布団に包まったまま、もそりと首だけでドアの方を振り向く。
姉は部屋に入ると一歩で足を止め、虚空を見つめてからくんくんと鼻をひくつかせる。
「・・・・・・・・・。」

二人の沈黙が、更に場を重くする。
と、姉がバッと音がするほどの勢いで私の方に向き直り、ニタァと意味ありげな悪い顔をした。
「な・・・何の用?」
嫌なタイミングで部屋に入られて、噛み付かんばかりの勢いで言い放つ私を気にした風も無く、
姉は私のCDラックを漁り出す。
「こないだ買って来たって言ってたCD、どこ?・・・お。あったあった。」
お目当てを見つけ、そそくさと部屋を出て行こうとする。
全く、なんでこのタイミングなのよ。わざと?
ひとりえっち直後の恥ずかしさというより、怒りが込み上げてくる。

そんな姉は、ドアを開ける直前で私に振り返ってとんでもないことを言った。
「あ、そうそう。今、理沙ちゃんが来て、あたしゃあんたを呼びに来たんだったわ。」

その言葉に、私はガバッと布団を跳ね上げて飛び起きる。
「理沙ちゃん・・・!」

なんでこの姉はそんな大事なことを先に言わないのよ!!
私は姉を押しのけて部屋を出ると、15段の階段を一気に駆け下りて転がるように玄関を目指す。
「全く・・・あの子は。」
布団に隠されてた私の匂いに一瞬眉を歪めた姉が、CDを戻して自室に帰った事など私には知る由も無い。

玄関に辿り着くと、茶色のダッフルコートに身を包んだ理沙ちゃんが少し陰のある表情で立っていた。
「理沙ちゃん・・・」
理沙ちゃんの正面で立ち止まるなり、涙が溢れそうになるのをグッとこらえる。
「絢。ちょっといいかな?」
いつもと変わらないけど、落ち着いた声が私の耳に、心に、染み渡る。
私は小さく首を縦に振り、ちょっと行って来るねと家の奥に声を掛ける。
理沙ちゃんが玄関を開けるのを見て、靴を履くのももどかしく一緒に外へ出る。

理沙ちゃんの右側に並んでゆっくりと歩くこの道は、昔良く遊んだ小さな公園の方向。
「あの・・・」
理沙ちゃんが白い息とともにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたし、絢に謝らなきゃいけないて思って。」
心配そうに下がった眉が、12月の寒ささえ忘れさせる。
「何も・・・理沙ちゃんが謝ることなんて、ないよ?それに、風邪、まだ治ってないでしょ?」
そう言って、安心させてあげたかった。
そして、また微笑んで欲しい。
そんな私の想いとは裏腹に、理沙ちゃんは目を伏せて小さく首を振る。

突き当りの角を曲がると、来なくなった4・5年前から何一つ変わらない公園があって、
入り口近くのベンチの、あの頃と同じ場所に座る。
「昨日は、ホント、ゴメン。それに、風邪引いてないの。」
脚の上に置いた手を見つめながら、理沙ちゃんはぽつぽつと言葉を零す。
「絢とえっちして我に返ったらさ、なんかすごく恥ずかしくなっちゃって、絢の顔、まともに見れなくて・・・」
理沙ちゃん・・・そんなの、当たり前だよ。私だってそうだったよ?

「なんて言うか、終わってから急に、絢はあれで満足してくれたかなとか、遂に絢としちゃったとか、
それも教室でとか、まさか見られたりしてないよねとか、色んなことが頭でぐちゃぐちゃになっちゃって・・・
整理しようとしても、なんて事しちゃったんだろうって感情だけがどっと押し寄せてきて・・・」
寒さのせいでなく、理沙ちゃんの頭が震えだす。
私は、二人の間に開いていた隙間を埋めるように寄り添って座り直し、理沙ちゃんの手に自分の手を重ねる。

「大丈夫。大丈夫だよ。理沙ちゃん。私こそ、理沙ちゃんにありがとうって言えなくて、ゴメンね。」
「絢・・・」
そしてもう一度私の名前を呼んでから、理沙ちゃんは私の顔をこちらに向け小さくキスをする。
「でもね、あれから私、理沙ちゃんに嫌われちゃったかと思って、すごく怖かった。
悲しかった。寂しかった・・・」
言葉だけでなく、自分の体もぶつけてから、強く抱きしめる。
「そうだよね。やっぱり、ゴメン。ゴメンね。」
名前を呼ぼうと思って出した声は、呻きにしかならなかった。
そうしてしばらく、理沙ちゃんにしがみついていた。
私の背中に回された理沙ちゃんの手の優しさを感じながら。


 

 

 

 

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