Auf heben その14

翌日。

朝からわくわくしっぱなし。あまりにも待ち遠しくて、楽しみだった一日。
そんな気分を胸に、お土産として持っていくクリスマスケーキを買う為、クリスマスイブの街へ繰り出す。

曇り空に、凍えそうな寒さ。天気予報は夕方から雪になるかも知れないと言っていた。
「雪、かぁ・・・」
ホワイトクリスマスの予感になんとなくにやけながら、学校へ向かう電車に乗る。
実は、学校から少し離れたところに評判の洋菓子屋さんがあるのを、昨日雑誌で知ったのだ。
理沙ちゃんに喜んでもらいたいのはもちろんだけど、家にも買っていくつもり。
だって、初めてクリスマスに外泊するんだもん。そのくらいは、ね。

さて、冬休みで人通りも少ない学校の前を通り、5分ほどでその店は見つかる。
寒いのに結構な行列が出来ていて、最後尾に並ぼうと列に近づく。
「ん・・・?」
目指した最後尾はウチの学校の鞄を持っていて、どこと無く見覚えのある後姿・・・
とりあえずその後ろに立ってみて、その人物を確信する。
声を掛けてみようか迷って、一瞬、手が止まる。

「三崎さん・・・?」
私が肩にポンと手を置くと、その人物が振り返って、大きな目が更に大きくぱぁっと見開かれる。
「あーっ!絢センパイ!久しぶりーっ!・・・てゆー程じゃないけど久しぶり。」
グレーのコートに身を包んだ三崎さんは180度私の方に向き直って嬉しそうに微笑む。
「終業式、一昨日だったのに久しぶりって。・・・あれ?学校に行ってたの?」
私が尋ねると、ふうと溜息をついて大げさに肩を落とす。
「そーなの。期末試験二つも赤点取っちゃってさ。補習だったのー。」
「あー、やっぱりあんまり勉強してなかったんだ。」
列が進んだので、前につめながら先日のことを思い出す。
「ねー、絢センパイ、慰めてー。」
「はいはい。勉強なら教えてあげるから。」
上目遣いで可愛くポーズする三崎さんを軽くいなすと、ブーと口を尖らせる。

「あ、ところで、絢センパイもココのケーキ好きなの?おいしいよねー。」
すばやく話題をすり替えた三崎さんは、あと数人先の店の入り口を遠そうに見つめる。
「ううん。私は来た事無かったんだけど、たまたま昨日雑誌で見て。」
「そだったんだー。お店がオシャレだし、値段も高くないし、あたし結構おきになんだ。」
まるで自分の店みたいに胸を張ってお薦めしてくれる。
「そっか。じゃ、やっぱり理沙ちゃんに買っていったら喜んで・・・」
そこまで言って、ハッとなる。
・・・しまった。

「ほーぉぅ。そーおでしたかぁ。」
白々しく、平たい台詞を並べる三崎さんは、姉のような悪いニヤニヤ笑いを浮かべる。
「絢センパイと天沼さんかぁ。結構絵になるじゃん?ん?」
うりうりと私を肘で突く。
「え・・・あ・・・」
急に顔が熱くなって来るのが、寒い気温のせいではっきりと解る。
「あーあ。あたしなんか今年も清く正しく家族と過ごすってのに。いーなー。絢センパイは
天沼さんとラブラブファイヤーなクリスマスですかぁー。」

言い方がちょっと気になったけど、図星過ぎて言い返せなくなってしまう。
「ふふ。なんてね。困ったときの絢センパイってちょっと俯いたとこなんかカワイー。」
ちょんと私の頬を人差し指でつついて、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「み、三崎さん・・・」
どうしたら良いか判らなくなったところで、ちょうど店の中へ案内される。

お店は、白壁に木床、間接照明の小奇麗な空間で、奥にテーブル6席のイートインスペースがあって
洋菓子独特の、バターやクリームの甘い魅惑的な香りに満ちている。
三崎さんが真っ先に張り付いたショーケースには、輝かんばかりの数十種に及ぶケーキが並んでいる。
私も見惚れていたら何時間も掛かってしまいそうなので、雑誌のお薦めを絡めてさっさと注文する。
「タルト・タタン、ムース・オ・フロマージュ、ベイクドチーズケーキ、シシリアン・タルト、あと
ブランマンジェ・フランボワーズソースをひとつずつ。」
店員のお姉さんは、かしこまりましたと言うとすぐに準備に取り掛かる。
三崎さんはと言うと・・・ショーケースの前を2往復目に突入している。

すぐにお会計は終わり、商品を見つめる角度が変わった三崎さんに
「三崎さん。お先にね。」
と一声かける。
「はーい。楽しいクリスマスをー。」
と返事した三崎さんは、すぐにショーケースに顔を戻す。

・・・あと何往復するのだろう。


 

 

 

 

その13へ     その15へ