Incommensurate  その2


昨年-----------

 

「起立! 礼!」
おはようございまーす!
直前まで浮ついていた空気も、ホームルームが始まると落ち着きを取り戻す。
今日は9月1日、2学期の始まりの日。
昨日まで夏休みだったわけで、朝からクラスメイト達のおしゃべりは止まる気配を見せなかった。
私も周囲の席に座る友達と夏休みの間の出来事なんかをいろいろ話してたけど、まだ話していない事がある。
それは、このホームルームで紹介されるであろう新たな教室の仲間を予め知っているという事。

「はい、おはようございます。 今日から2学期ですが、夏休みボケはしてないでしょうね。」
早速の厳しい担任の言葉に、皆の反応は様々。
「来週月曜は実力テストですが、しっかり夏休みの宿題をやっていれば大丈夫なように作ってあります。」
えー。 やばーい。
ちらほらそんな声が上がるも、私には何ら問題はない。
夏休みの宿題どころか2学期の予習も済ませてある位だからね。

「さて、今日はこの後始業式を行い掃除をしたら終了ですが、本日よりこのクラスにアメリカからの留学生が
1名、加わることになります。」
そう告げると先生は教壇を下りて入り口のドアを開ける。
マジで! 留学生!? ガイジン?
一瞬にして、クラス中から小さな声がいくつも上がり出す。
「すごい!留学生だって!」
私の前に座っている、友人の洗井 弓枝が顔を輝かせながら身体半分こちらを振り返る。

それに乗って大袈裟にそうだねーと返事をしているうちに、その人物は教室を観察するように見渡しながら
先生と一緒に入って来て、教卓の横に立ち止まった。
170cm近い長身に、枝毛ひとつ無さそうなブロンドのロングヘア。
加えて際立つ整った顔立ちとメリハリのある体型に一瞬、教室中で様々な感情が沸き起こったように感じた。
先生はそんな事に気付きもしないまま黒板にカッカッと、アルファベットを並べて行く。

『Jessica Whitford』
ジェシカ・ウィットフォード。
それが彼女の名前だと、私は既に知っている。

「では、簡単に自己紹介をして下さい。」
先生に促されると、彼女は小さく頷いて口を開いた。
「Nice to meet you. My name is Jessica Whitford. I'm happy to study with you.
I came to study the customs and culture of Japan.
I want to get along with everyone, first of all. It's nice when you are deepen exchanges with
everyone through the study abroad. Thank you.」

英語の成績が良くない何人かはポカーンとしてしまったみたいだけど、まばらに起きた拍手が教室中に伝播して
やがて全員がぱちぱちと手を叩く。
そんな中、私だけが苦い顔でジェシーを見詰める。
ジェシーったら、日本語ペラペラのくせにわざと英語でスピーチしたのね。
意図は量り兼ねたけど、何か考えての事なのだろうと納得する。

「ウィットフォードさんの席は灘さんの後ろに作りました。 どうぞ、着席して下さい。」
ジェシーがSureと返事をして私の後ろ目指してやって来た。
背筋を伸ばした歩き姿は、ただでさえ高い背丈をより高く見せる。
モデルのように長い脚が、私達と同じスカートから伸びている事に振り返る子がちらほら。
「そっか、それで塔子ちゃんの後ろに机が増えてたのかー。」
弓枝が、横を通過しようとするジェシーを目で追いながら私に言った。

「ハイ、トーコ。」
顔の横で小さく手を振りながらウインクし、ジェシーが私の横を通過して席に着いた。
あー、思った通り、弓枝が目を丸くしてこちらをゆっくりと振り返る。
「え!? 塔子ちゃん、知り合いなの?」
「あー、まぁ、ちょっとね。 後で説明する。」

そこでホームルームの鐘が鳴って号令の後、私達は始業式が行われる講堂へと向かう事になった。
「ジェシー。 始業式だから講堂へ行きましょ、ついて来て。」
振り返ってそう言った私が席を立つと、にこやかな笑みを浮かべてジェシーが立ち上がる。
「OK. Let's go.」
相変わらず返答は英語だった事に疑問を感じたけど、私の言葉は通じているので気に留めない事にした。
弓枝も興味津々といった様子で席を立つ。

「で、塔子ちゃんなんで知り合いなの?」
廊下に出るや、弓枝は私の顔を覗き込みながら訪ねて来たので、ちょっと面倒だと思いながらも私は事情を
説明する事にした。

「うちが料亭なのは知ってるよね。」
「うん。」
「で、ここ数年来のお得意さんにね、ウィットフォード教授って言うアメリカの考古学者の先生がいてね、
その人が大の親日家って言うか、日本マニアって言うか、そういう人なのよ。」
話しながら、何となくジェシーの様子を気にして振り返るも、彼女は校内をキョロキョロしているだけ。

「その先生が娘さんをどうしても日本で勉強させるって聞かなかったらしくてね、ロサンゼルスにある明進の
姉妹提携高校に入学させて、早々に留学させたって訳。」
「へー・・・そう聞くと、ジェシカちゃんはお父さんに勝手に進路決められて可哀そうな身の上なのかな?」
弓枝がちらりとジェシーへ視線を投げ掛けた。

「ぜんぜん。 この子、日本の漫画とかアニメとか大好きでさ、原書とか原作で見るのが趣味なんだって。
本人もそれが楽しみで来たみたいだから、まぁ、利害一致なんじゃない?」
話にこそ聞いていたけど、私だってジェシーに初めて実際に会ったのは一昨日なんだけど。
私が淡々と事情を説明するのは、後ろにも聞こえているのだろうか。
「そうなんだ。 そんな風には見えないけどねー。」
意外そうにちらりと後ろを盗み見て愛想笑いを浮かべた弓枝をよそに、講堂に辿り着いた私達は列をなして
クラスごとに分けられた席へと向かう。


 

 

 

 

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