Jack-o'-Lantern comes to her e   その2

 

 

「ひーのーんせーんぱーい! 着替え終わった?」
ノックから続く3度目の掛け声に、私はついに返事をしようかどうか迷うことになった。
2度目までは「もうちょっと待って」と正直に言えば済んだのに、もはやその手は使えない。
声を聞く限り、ドアの向こうの理美ちゃんはいつも以上に瞳を輝かせて待っているに違いないし・・・
もう一度だけ、鏡の向こうの自分を確認してから、私は大きく深呼吸する。
普段は有り得ないその姿に、走りっ放しの鼓動はスピードが落ちることもなく私を急き立てる。

意を決し、私は扉から一歩離れた場所に立って先程までとは異なる言葉を扉の向こうに投げかけた。

「おまたせ! ・・・い、いいわよ。」

「ひーのんせ・・・」
ゆっくりと開いた扉の向こうから、理美ちゃんが覗き込むようにこちらの様子をうかが・・・

ぱたん。

あ、あれ?
なんでかは分からないけどちょっと理美ちゃんの顔が見切れたと思ったら扉は閉められてしまい、どうしたら
いいのか分からなくなって私はその場に立ち尽くす。

あ・・・やっぱり、似合わなかったんじゃないのかと、胸の奥が痛む。
言われるがままに、何も考えずに着てしまう私も私だけど、この服を用意したのは理美ちゃんだし。
こんなに裾丈の短い服なんて着た事ないし。
そ、そもそもこんなに胸元が強調された、メイド、服、なんて・・・

後悔と絶望の念にひとしきり打ちひしがれたところへ、再び扉がゆっくり開いて理美ちゃんが私を見上げる。
「ひ、氷音先輩・・・」
「はい・・・」
理美ちゃんが声を震わせるほど、似合ってないのかしら。
笑いそうになるのを必死に我慢されてるのかと思うと、悲しくすらなってくる。

「あ、あかん! 可愛すぎるっ! 神様や!メイド神様や〜!」
ガバッと、理美ちゃんが私に飛び込んできて抱き付いた。
あまりの勢いに一歩後ずさってしまったけど、私は何とかそれを受け止める。
「え? え? り、理美ちゃん?」
「氷音先輩、めっちゃ可愛い! 可愛い氷音先輩が可愛いメイドさんで、可愛さの波状攻撃や〜!」

何を言ってるのかよく分からないけど、とりあえず、変には思われてなかった、のかしら?
でも、改めて自分の格好を省みると、恥ずかしくなってきてしまう。
胸元はスクエアカットで大きく開いていて、大きな黒いリボンが印象的。
肩は大きめのパフスリーブで、袖は二の腕の真ん中へんくらいまで。
一旦絞られたウエストから先のスカートは、普通の服からしたら有り得ないくらいのボリュームで、まるで
花が咲いているかのような可愛さ全開のシルエット。
ただ・・・裾が膝上20センチくらいなものだから・・・ちょっと風通しが良いというか、ペチコートが無かったら
多分見えちゃうんじゃないかと思えるのが、私には落ち着かない。
腰下につけたショートエプロンも、頭のカチューシャにも、フリルとレースがふんだんにあしらわれ、本当に
これだけ『可愛さ』を追及された服が世の中にあるものなのかと、見た瞬間に思った。

「はぁぁ、どーしよ、もう、氷音先輩、学校にもこの服で来たらえぇのに。」
「ちょ、理美ちゃん、無茶言わないで!」
こんな服で学校どころか、外だって歩けるものですか!
「そうや! 無茶やな! 誰にもこんな可愛い氷音先輩、見せたらん!」
そういう意味じゃない! ・・・けど、まぁ、学校にもっていうのが冗談だったと分かってホッとする。

「ところで・・・理美ちゃんのその服は、なんのコスプレなの?」
ようやく落ち着いて、今度は理美ちゃんの服装に目をやる余裕が出来たものの、その珍妙な出で立ちに私は
つい尋ねてしまった。
「ん? これ?」
オレンジ色のワンピースは肩から膝下の丸裾までが提灯みたいに膨らんでいる。
これはもしかしてジャック・オ・ランタンをモチーフにした衣装なのかしら?
「これはセレブのコスプレや。 ほれ、どやさ、どやさ。」
そう言いながら理美ちゃんは両手を交互に突き出したり顔の前に近づけたりを繰り返す。

「あー、そ、そうなの。 セレブって、コスプレ・・・なのかなぁ?」
「細かい事はえぇねん。 セレブやなかったらメイドなんて雇われへんやろ?」
「あぁ、なるほど・・・」
そういう関係性が二人のこのコスプレの間にはあったのね。

「でも理美ちゃん、その服でごはん、食べにくくない?」
何気ない私のツッコミに、理美ちゃんがうぐっと言葉に詰まって私を見上げる。
「こ、細かい事はえぇねん。 セレブたる者、ドレスで食事が出来なくてどないやっちゅーの。」
くるりと向きを変え、理美ちゃんは歩きにくそうに階下のダイニングキッチンへ向かおうとする。
ふふ。 なんだか後姿が可愛い。

 

 

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「ふー! 氷音先輩、ごちそうさまでした!」
理美ちゃんが満足そうな笑みを浮かべながら、丁寧に手を合わせてそう告げた。
「いいえ。お粗末様。」
パーティーというよりは、飾り付けられたダイニングキッチンで夕食を食べただけという気もするけど、
ある意味着飾った状態で食べるという雰囲気は楽しかった。
「氷音先輩のごはん食べれるやなんて、幸せやー。 毎日でもえぇな。」
「そ、そんなことないよ・・・」
褒められて、つい照れた頬が熱くなる。
そんな風に言われた事なんて無かったから、ちょっとくすぐったい。

「氷音先輩、明日は日曜やけど、なんか用事ある?」
突然の理美ちゃんの質問に、一瞬頭の中を探ってから「無いけど、どうして?」と尋ねる。
「あの、氷音先輩さえ良かったら、やねんけど・・・」
珍しく歯切れの悪い理美ちゃんの言葉に、一抹の不安を感じながらも、続きを促す。

「今日、このまま泊まっていかへん?」


 

 

 

 

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