Jack-o'-Lantern comes to her e   その3

 

 

「そ、そんな急に言われても・・・」
理美ちゃんの申し出に、私は、実は予め用意しておいたセリフをたじろぐ振りと共に返す。
「そーやけどー、ねぇ、氷音せーんぱ〜い。」
向かいに座っている理美ちゃんが、わざわざ私の隣にやって来て猫撫で声を出す。
・・・というか、歩き難そうにドレスの裾の中で小刻みに足を動かしちょこちょこ歩く姿が可愛い。

なんとなく、今日はこうなる予感がしていた。
偶然なのかは分からないけどおばあ様がいらっしゃらない日に、わざわざ二人だけでパーティーがしたいと
言ったのは、もしかしたら、理美ちゃんがそうしたいんじゃないかと思えたのだ。
私の思い過ごしなら、学校の鞄にこっそり忍ばせてきた明日着て帰る為の着替えは出番がないだけだし。

べ、別に期待していたわけじゃないんですよ!
それに、泊まるって言っても、修学旅行みたいに夜遅くまで話をしたりするだけ、でしょうし・・・

・・・って、誰に言い訳してるのかしら、私。

「でも、いきなりだと親が心配するわ。」
「そんなん! ウチが電話でも矢文でもテレパシーでもしたる!」
いや、必死なのは分かるけど、電話以外は現実的じゃないでしょ。

「うーん、寝るにしてもパジャマも無いし・・・」
「そやけど、その服のまま寝たらいいやん。」
「・・・こんな立派な服なのに、皺になっちゃうわよ?」
「構わへんよ! 氷音先輩が次に着る時までに絶対クリーニングに出しとく!」
言葉の応酬がヒートアップしてくると理美ちゃんは私の肩に手を掛けて、何とか提案を受け入れてもらおうと
食い下がってくる。

力強い言葉と裏腹に不安げな光を宿している瞳が、私の肩に掛けた手の熱が、そして何より。
その、理美ちゃんの想いの大きさが、私には伝わって来てる。
だから、私はそんな理美ちゃんの希望を、いつでも叶えてあげたいと思ってしまうのよね。

「でもね・・・理美ちゃん。」
あえて、私は理美ちゃんから目を逸らして溜めを作る。
「あ・・・」
私が逆接の接続詞を使用したことで、理美ちゃんの手が私の肩からほんの少しだけ浮いた。
ほんの一瞬とはいえ、理美ちゃんに辛い思いをさせてしまう事をぐっとこらえながら、私は区切った言葉の
続きを口の中に止める。

「そ、そうやんな、氷音先輩にだって、都合、って、もんが、ある、やん、な。」
明らかに無理をしているのが、きっと理美ちゃんとの会話に慣れた私でなくても分かるほどだろう。
ごめん・・・
ごめんね、ごめんね、理美ちゃん。
ちらりと眼球の動きだけで横にある理美ちゃんの表情を盗み見る。

その顔は、いつか見た事があった。
そう、『いつか見た事があった』のを今でも強烈に覚えていて、ゾワリと背筋がわななく。

「理美ちゃん!」
その時の事を繰り返すなんて悲劇は、もう起こしたくない。
だって、二度とそうしない為に、あの図書館脇の公園でお互いの想いを伝えあったんだから。

愛しい人の名前を叫ぶと同時に、私は理美ちゃんを抱き締めていた。
「ひ・・・氷音先輩?」
あの時のように、いきなり走って行ってしまわないように、ぶかぶかのオレンジ色のドレスをしっかりと
両腕の中に収めて引き寄せる。

「ごめんね、理美ちゃん・・・」
理美ちゃんはきっと、私が断った事を謝っているのだと思っているのか、そっと私の頭を抱き締めようと
手を回してきた。
「・・・はぁ。 いや、えぇよ、しゃぁないや・・・」

「まだ・・・ 心の準備が出来てないけど・・・ いいよ。」
理美ちゃんの落胆の声を遮って、私はようやく、その決め台詞を口にした。
あの時は、私は理美ちゃんがお店を走り出て行くのを止められなかったけど、今は違う。
理美ちゃんだってそんな突飛な行動はとらないし、私はそうならないように抱き締めてる。

「こころの・・・あっ!」
新品の布の香りがするドレスに顔を埋めてしまっているので理美ちゃんの表情を覗う事は出来ないけど、
言葉に詰まったのかそれ以上は何も言わず、私の後頭部に回されている手が驚いたように離れた。
「い、いややわぁ、氷音先輩。 そんな、ウチ、そんなつもりはまだ・・・」
慌てる理美ちゃんの真意が汲み取れず顔を上げると、理美ちゃんが明らかに顔を赤くしているのが電球色の
照明でもはっきりわかる程だった。

「あ、いや、ちゃうねんで!嫌な事あれへんで! ちゅうか、氷音先輩からそんな言われると思うてへんかった
から、その、ウチの方が心の準備っちゅうか、なぁ・・・」
しどろもどろになりっぱなしの理美ちゃんが可笑しくて、思わず小さく噴き出す。

「ふふっ! 理美ちゃん、ごめん。私ね・・・」
これまで思っていた事と、もしかしたらの為に泊まる準備もしていた事を告げると、理美ちゃんは目を滲ませ
私を思い切り抱き締めた。
「氷音先輩・・・あんまりや。 ウチを弄びよったなんて・・・」
「ごめんね、ハロウィンらしくドッキリのつもりだったんだけど、悲しませちゃって。」
「ん。 いや、えぇよ。氷音先輩が、それだけウチの事考えててくれたって事やもん。 おおきに。」
思ってもいなかった感謝を述べられて、チクリと心が痛む。

「うん・・・ でも、お詫びに今夜は理美ちゃんのやりたい事、なんでも一緒にしてあげるから。」
理美ちゃんが常日頃私にいろいろ気を遣ってくれている事に感謝を表する為、私は用意していた最後の台詞を
告げる。
「なっ・・・なんでも・・・?」
「うん。」
考え始めたのか、理美ちゃんは無言で私を抱き締めた姿勢のまま固まってしまい、辺りに静寂が漂う。

「よっしゃ、ほなら・・・」
「うん?」
私を腕の中から解放し、理美ちゃんは大きく天を仰ぐ。
「これから一緒に新喜劇のDVD見よか! 氷音先輩には浪速の笑いの真髄を勉強してもらうで!」

・・・

  ・・・

     ・・・えっ?


 

 

 

 

その2へ     その4へ