Jack-o'-Lantern comes to her e   その4

 

 

「氷音先輩。 あがったよ。」
先にお風呂を頂いた私は、見るとはなしに見ていたニュース番組から、視線を開いたドアの方へ向けた。
自分の部屋へと戻って来た理美ちゃんは先程までのかぼちゃドレスではなくてピンクの水玉パジャマを
纏っていて、寛いだ様子で私の横にやってきてちょこんと体育座りする。

「おかえり、理美ちゃん。」
「いやー、新喜劇のDVDはほんま、何度見てもおもろいなー。」
「ふふ、そうね。 あんまり見た事なかったけど、面白かったわ。」
せやろーと、理美ちゃんが目を輝かせて薀蓄をあれこれと語りだす。
正直なところ、面白かったのは確かだけど出演者の『定番ネタ』を知らないので、いまいち笑いどころが
よく分からなかった。

とはいえ、理美ちゃんとの普段の会話で用いられているノリツッコミ?の勉強にはなったから、それはそれで
収穫であったと言えるかもしれない。
・・・まぁ、とても私に真似できる事じゃないけど。

「今日は時間なかったから1本しか見られへんかったけど、また一緒に見よな、氷音先輩。」
小さく肩をぶつけて、理美ちゃんは幸せそうな笑みを浮かべる。
「そうね、また今度ね。」
つられて、私も笑顔を返す。

理美ちゃんが笑顔をくれるから、私もいつも笑顔でいられる。
ほんの数か月前まで、こんなに優しい気持ちで満たされる日々を過ごせるなんて、思ってもいなかった。
友達も少なくて本の虫だった私を、お城から連れ出してくれたシンデレラ。

「お? どないしたん?」
私が肩を寄せた事に、理美ちゃんが首を傾げる。
「んー。 理美ちゃん、いつもありがとう。」
熱くなっていく顔から溢れ出た気持ちが、そんな言葉の結晶になった。
「ウチはお礼言われるような事、何もしてへんよ。 氷音先輩こそ、いつもウチと一緒に居てくれて嬉しい。
ありがとうな。」
改めて感謝の意を交換した事に、続くお互いの照れ笑いが心地よい。

「ウチな、あと1年は少なくともこっちに居られるみたいやねんか。」
「そうなの?」
「この前電話があって、プロジェクトが思ってた以上に大きなってしもたから1年は帰られへんって言うててん。」
理美ちゃんのご両親が海外で働いているから東京で生活しているという事は知ってたけど、その後の展開は
初耳だった。

「年末年始もお帰りにならないの?」
「わからん。そこまでは何も言うてへんかった。」
「そう、なの・・・」
ご両親の帰国は、即ち理美ちゃんの大阪帰還を意味する。
でもきっと、ご両親に会えないのは理美ちゃんにとっても辛い事だろうから、東京で生活する事と比較したら
『帰って来なくてよかったね』と、『帰って来なくて残念ね』のどちらが正解の返事なのか判らなくて
それ以上は何も言えなくなってしまった。

「でもまぁ、そんなんどっちでもえぇねん。 ウチには、今、氷音先輩といられることの方が大事や。」
「理美ちゃん・・・」
目の奥がじわりと熱くなる。
「せやからな、氷音先輩の、さっきの、その、心の準備・・・ ウチも受け止める準備、してきたで。」
見詰める視線をほんのちょっと逸らして、珍しく理美ちゃんが口籠る。

・・・あ。
ドッキリのトドメに自分が言った台詞の意味を、改めて認識する。
「けど、ウチ、そーゆーの初めてやし、氷音先輩が、あんなに上手にお誘いできるなんて、大人やなぁとか
思って、慣れてるんかなって考えたら、ちょっと、意外過ぎて・・・」
くるくると表情を変えながら、理美ちゃんが見当外れな方向に飛躍しようとする。
「そ、そんなことないわ。 私も、そんな経験、無いし。」
「そーなん? てことは、氷音先輩が初めてそーゆーコトしたいと思ってくれたんが、ウチ?」
再確認されてまた顔が熱くなってしまい、私は小さく頷く。
もう、視線は膝の上の自分の手に行ったきりで、理美ちゃんの顔を見る事だって難しい。

「そーかー。 前に学校の図書室で、ノリで変な事してしもたから、ウチからは言い出しにくかってんけど、
そう思っててくれて嬉しいわー。」
上目遣いで私を見つめながら勢い良く抱き付いてきた理美ちゃんからは、ふわりと石鹸の香り。
「り、理美ちゃんっ!」
そうよ! 思い出すだけでも恥ずかしい!
なのに、理美ちゃんばっかり、私のそんな事知ってるなんてズルい。

「やから、氷音先輩。 今度はちゃんと許可もろてからや。」
圧し掛かるように体重を預けられ、私は理美ちゃんの部屋の床に仰向けになる。
蛍光灯の光が眩しいと思ったのも束の間、すぐに理美ちゃんの頭がそれを遮った。
「また、氷音先輩の可愛い顔、見せて欲しい。可愛い声、聞きたい。 ・・・えぇ?」

囁き声に添えられている歯磨き粉の香りが分かる程の距離での問いかけに対する私の返事は、重ねられた
二人の唇の間に埋もれて声にならなかった。


 

 

 

 

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