Look at me その13


「由梨!?痛いの?大丈夫?」
突然涙をこぼした理由が解らず、しゃがんで問いかける。
「それもあるけど、それだけじゃなくて・・・」
声を上ずらせることもなく、ぽろぽろと涙だけを流しながら由梨は呟いた。

「由梨、話して頂戴。はっきりしないのは、嫌いよ。」
目を逸らす理由、様子が変わった理由、泣く理由。
解らない事だらけにされているのは気持ちが悪い。私はそういう性分なのだ。
しかし、この一言が、由梨に大きな決断をさせてしまう事になるとは思いもしなかった。

「や・・・やだ!嫌いにならないでっ!」
床に着いていた手を震わせながら、ゆっくりと私に伸ばす由梨の顔が、大きく歪む。
「落ち着いて。嫌いにならないから。さぁ、話して。」
膝を着き、由梨の頭をそっと胸に抱きしめて落ち着かせようとする。

「あ・・・う・・・」
私の胸元から音が二つだけ聞こえて、音の主の手が私の肩に添えられる。
それからしばらく、私は由梨が口を開くのを待った。

「あの・・・あのね」
「うん?」
泣いて腫れた大きな目を上目遣いで私に向ける由梨に、ゾクリと何かが私の背筋を駆け抜ける。
「わたし、助けてあげたいなんて言っておきながら、やっぱり蘭ちゃんに迷惑掛けてばっかりで・・・
なのに、蘭ちゃんが優しいのが嬉しくて、わたし、ダメなの・・・」
何がダメなのかはよく解らないけど、そんなことを気にしていたなんて。
「いいのよ、由梨。迷惑だなんて思ってないから。何故ならね・・・あなたが居たから、今私がここに
居る意味がある。そう思えるの。」
もし私が由梨と出会わなかったら、この学園で楽しいと思えるようなことは無かったかもしれない。
全て知っている授業を受け、友達も作らないまま、暗い復讐の炎を秘めただけの通過点。
そうならなかったのは、由梨のおかげ。それは間違いない。

滑らかに流れる由梨の長い黒髪を梳きながら、私は言葉を続ける。
「私は、控えめで大人しくてふんわりした、今のままの由梨が好きよ。」
「蘭・・・ちゃん・・・?」
はぁ・・・長らく言わないでいた感謝を、言ってしまった気がした。
岩淵の帝王学には合致しないけど、由梨には胸の内を見せてもいいと思った。

「わたしも・・・蘭ちゃんが、好き。」
小さいけど、必死に届かせようとする力強い響きが、私の心を揺らす。
「言葉が強いけど、優しくて、カッコよくて、すごくて・・・でもね、たまに違う世界を見てるの。」

その言葉に、一瞬、息が止まった。

「だけどね、そっちには行って欲しくないの! 好きだからっ!」
その言葉は、私にとっては衝撃的過ぎた。
決して表に出さないようにしていた表情を、この子は見抜いていたのだから。
加えて、それがよからぬものだという事さえも。
そして思いを吐き出した由梨は今度こそ、しゃくりあげながら私の胸の中で泣き続けた。

落ち着くように、ひくひくと震え続ける温かい由梨の背中を撫で続けた。
夏服の制服越しに、ブラのホックが掌に何度も当たる。
「少しは落ち着いたかしら?」
シャンプーの香りがする耳元に囁くと、もそりと頭が小さく縦に動いた。
「立てる?」
大きく鼻をすすって、頭を離した由梨が足首をかばうように立ち上がろうとする。
「無理しないで。今日は車で送るから。」

一旦由梨を椅子に座らせ、携帯電話で瑠奈さんに連絡を取る。
「あ、瑠奈さん?私だけど。 車を校門の前まで回して頂戴。由梨を送ってあげることにしたから。」
畏まりました、すぐ参ります。と返答があり、私はよろしくと電話を切った。
「ごめんね、蘭ちゃん・・・ありがとう。」
真っ直ぐに私を見詰める由梨の瞳は、雨上がりの青空のよう。
「いいのよ。校門まで行きましょう。荷物を持ってあげるわ。」

そう言って鞄を両手に持ち、私たちは生徒会室を後にした。


 

 

 

 

その12へ     その14へ