Look at me その14


車に乗り込んだ私たちは、途中でドラッグストアに寄って湿布を買い、夕方の少し混んだ道路を
由梨の家に向かっている。
乗ってから終始無言の由梨は、どこか嬉しそうな表情を浮かべていて、その周囲だけは空気が華やいでいた。

「あ、次を左に曲がって下さい。」
住宅街へと入ったことで、由梨が指示を出し始めた。
「ねぇ、由梨。この前話したウチに遊びに来る件。今週の土曜日にでもいかがかしら?」
由梨が口を開いたのをきっかけに、切り出してみる。
「え・・・ホントに、いいの?」
「えぇ、もちろん。瑠奈さん、スケジュールはどうかしら?」
狭い路地を慎重に進む瑠奈さんに、私は無遠慮に尋ねる。
「はい、問題はございません。」
この場合の問題というのは、ろくでなし共が居るかどうかという事。

「だそうよ。それまでには足を治してね。」
唇だけで微笑んで由梨に告げると、みるみる由梨の表情が笑みに染まっていく。
「うん!楽しみにしてる!ありがとう、蘭ちゃん!」
由梨は私を助けてあげられないと言っていたけど、そんなことはない。
だって、由梨は居るだけで私を和ませてくれるから。
そう思うだけで、私にも自然と微笑がやってくる。
人を好きになるって、こういうことなのだろうか。

「あ、そこです。右に曲がったら家です。」
「畏まりました。」
いよいよ最後の指示が出て、すぐに車は止まる。
サイドブレーキを引いた瑠奈さんが、由梨の荷物を手に車から降りてドアを開ける。

「蘭ちゃん、浅川さん、ありがとう。送ってもらっちゃって。」
車から降りてすぐに、私と瑠奈さんに深々と頭を下げる。
「いいのよ。お大事にね。」
奥にいた由梨を下ろす為に、先に車の外に出ていた私は、瑠奈さんが運転席に戻ったのを横目で確認する。
「うん。じゃ、また明日ね。」
鞄とドラッグストアの袋を受け取った由梨が、胸元で小さく手を振った直後、私は無防備な由梨の唇に
素早く自分の唇を重ねた。

「・・・!」
あまりにも突然すぎて、由梨の動きが止まる。
「えぇ。また明日。」
微動だにしない由梨にそっと微笑みを残し、私はくるりと踵を返して車に乗り込んだ。

「ありがとう、瑠奈さん。助かったわ。」
大通りに抜けた頃、私は瑠奈さんにお礼を言う。
「いえ。お役に立てまして光栄です。ところでお嬢様・・・?」
バックミラー越しに、瑠奈さんがちらりと私に視線を送る。
「なぁに?」
瑠奈さんが何を感じ取ろうと、私は組んだ脚と腕を崩す気はない。
「・・・。いえ、土曜日は如何ようにおもてなし致しましょうか。」
少しの間が気になったものの、不問に付すことにした。

「ランチとアフタヌーンティーをお願いね。あと、ガーデンの手入れをしておいて。」
「畏まりました。ガーデンは先日庭師が入っておりましたので、最良の状態でございます。」
私の声が緩んだのを感じ取ったのか、瑠奈さんは何事もなかったかのように運転と言葉を続ける。
「今朝、わたくしが水遣りに参りましたところ、クイーンエリザベスとゴールデンメダイヨンが見事な
花を咲かせておりました。」
「そう、それは何よりね。当日も咲くかしら。」

『守銭奴』の見栄っ張りの場だとしか思っていなかった自宅の庭に行くことを楽しみにする日が来るなど、
我ながら想像だにしたことがなかった。
由梨との新たな関係のおかげで、自分の周りが新鮮なものに見える。

人を好きになるって、不思議なものね。


 

 

 

 

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