Look at me その15


土曜日−

4時限目が終了し、ざわつく教室。
終わったねー。どこ行くー。部活始まるー・・・
そんな喧騒に包まれた日常も、教室の一番後ろの窓際席からはどこか遠い景色。
でも今日は・・・なんとなく皆の浮ついた気持ちが理解できるような気がする。

私にとっては、家に他人を招待するという事自体が初めてで、いろいろ気掛かりになってしまう。
世間知らずの箱入り娘でもない私は、自分の家が一般的な部類でないことくらい知っているから。
由梨は・・・引いたりしないかしら。
先日の一件以来、由梨と学校で顔を合わせていなかったので、訊くことも出来なかった。

ふぅ、私らしくないわね。
小さく口元に笑みを浮かべて背筋を伸ばすと、右側から声が掛かった。
「蘭ちゃん、お待たせ。」
帰る準備を済ませた由梨が、私の迎えを待ちきれずにやって来てしまったようだ。
「あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしてて。すぐ支度するわね。」
「うん。」
机の中身を鞄に移し変え、席を立つ。
「さ、行きましょうか。いつものところに車を待たせてあるわ。」
後ろに由梨を引き連れて校門を出た私は、駅へ向かう皆とは反対の大通りの方へと歩を進める。

「ねぇ、由梨。見慣れない袋を持ってるけど、変に気を遣ったりしてないでしょうね?」
緑色の小さな紙袋が、由梨の左手に揺れているのが気になって問いかけてみる。
「え、そんな事ないよ? さすがに手ぶらじゃ悪いし、売ってる物じゃ失礼かと思って、昨日の夜
マドレーヌを焼いたの。いっぱい作ったから、良かったら皆さんで食べて。」
その時の由梨の笑顔は、なんだかいつもよりも温かくて、輝いているようにさえ感じた。
「わざわざありがとう、由梨。皆、喜ぶわ。」
もちろんここで言う皆とは、ハウスキーパーや下働きの皆であって、アイツらではない。

「あは。良かった。だってね、わたし、今日がすっごく楽しみだったんだもん。」
「ふふ。遠足じゃあるまいし。大袈裟よ。」
そんな会話をしてるうちに、見慣れた黒のシーマと、同じ色のスーツに身を包んだ瑠奈さんが見えてくる。

「速水様、お嬢様。お疲れ様でした。お荷物をお預かり致します。」
「浅川さん。今日はお世話になります。これ、良かったら皆さんで・・・」
恭しく二人が一礼するのを尻目に、私はさっさとドアを開け車に乗り込む。

程なくして由梨が私の横に座り、車は一路、私の家へ向かって走り出す。
「そういえば由梨、足の具合はどう?」
車までしっかり歩いてきて今更な事だが、瑠奈さんにも聞かせた方が良いと思ったので敢えて尋ねる。
「うん。おかげさまで。もう全然大丈夫。」
「そう、よかったわ。」
バックミラー越しに瑠奈さんにちらりと視線を送ると、心得たように微笑み返してくる。

「あ、そうだ、わたしお昼ご飯買わないと・・・」
「由梨。心配ないわ。ウチで用意してあるから。」
とたんに由梨の眉が下がる。
「え、でも・・・」
「変な気を遣わないでって、言ったでしょ。 ウチとしては当然のおもてなしなんだから。」
シートについていた由梨の手に、そっと私の手を重ねる。
「うん・・・ありがとう。じゃぁ、お言葉に甘えちゃおっかな。」
はにかむ笑顔は感謝の表情か、それとも私の手の感触のせいか、私には知る由もない。

 

比較的空いた土曜の正午過ぎの道路を快適に飛ばし、車は私の家の敷地に近づいてくる。
明進学園の校門よりは大きな門を、瑠奈さんがリモコン操作で開けた。
由梨はというと、一旦停止した車の外を忙しなく見回している。
門を通過した車は50m程進んで、玄関の前に停止する。

「着いたわ。由梨。」
「ほぇ、うん。」
何か変な音を口から漏らして頷く由梨の横で、車のドアが開く。
「いらっしゃいませ。速水様。」
出迎えのハウスキーパーがドアを開けた事に、由梨が驚いたように固まる。
「由梨、降りて頂戴。私が降りられないわ。」
「へは?う、うん・・・」
私に促されて、由梨はようやく脚を車の外に出す。
「足元お気をつけ下さいませ。」
彼女はそう告げて、由梨が下車してからトランクを開けに行く。
相変わらずキョロキョロしている由梨の横に降り立った私は、ドアを勢いよく閉めて大きく伸びをする。

「お嬢様。お帰りなさいませ。お荷物はいかが致しましょうか?」
「私の部屋に入れておいて頂戴。 それから昼食の用意は出来てる?手筈通りにね。」
「畏まりました。すぐに瑠奈に準備させます。」
空は良く晴れ、庭の芝生に当たる日差しが眩しくすら感じる日常も、由梨にとっては初めての世界。
やっぱり・・・受け入れてはもらえないものかしら。

「蘭ちゃん、すごいねぇ。どこのリゾートホテルかと思った・・・」
その一言に、私は思わず吹き出す。
「あ、ご、ごめんなさい。あの、わたし・・・」
いつもなら、私の機嫌を損ねるはずの失言と思ったのか、慌てて由梨が謝る。
でも、私は・・・由梨にそう言われても、不思議と怒る気にならなかった。
今までは由梨ですら触れて欲しくなかった家の話題も、今なら、そしてこの子になら、笑って話しても
いいような気がしたから。

「いいの。それが由梨の素直な感想ですもの。私は受け入れるわ。」
「蘭ちゃん・・・」
一瞬曇った表情が、優しい微笑みに変わる。
「さぁ、行きましょう。ガーデンに昼食を用意させるから。」
由梨の左手を取ったときの微笑が、私の足取りを軽くしてくれるような、そんな気がした。

 

 

 

 

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