Look at me その16


「お待たせ致しました。速水様。お嬢様。」
薔薇の木に囲まれた中庭のウッドデッキで、向かい合わせにテーブルについていた私たちのもとに、
大きな銀のトレイを手にした瑠奈さんがやってきた。

「本日は、わたくしが昨日より仕込みましたカレーライスでございます。」
私たちの前には、大きな白い皿に上品に盛られたカレーライスに、付け合せの小皿、サラダボウル、
水と、銀色の磨き上げられた食器が手早く並べられていく。
「ありがとう、瑠奈さん。」
「はい。お食事が終わりましたら、お茶の準備も整っておりますので、いつでもお申し付け下さいませ。」

瑠奈さんは、どうぞごゆっくりと由梨に一礼し、木々の向こうに姿を消した。
ウッドデッキに張った屋根代わりの白い布は、晴れ渡った日差しを快適に遮り、木々の水分と相まって
この場所を避暑地のような心地よさにしてくれている。
「さぁ、由梨。頂きましょう。」
先程から周囲を見回すか、呆けたようにボーっとしてばかりの由梨に、私は声を掛ける。
「え、あ、うん。頂きまぁす。」
銀のスプーンでカレーライスを一口頬張る由梨の反応が気になって、つい見詰めてしまう。
もくもくと口を動かし、飲み下すのを待つ。

「ん〜!おいしっ!ナニコレ!?」
口元を押さえ、カレーを見つめながら固まる由梨。
「お気に召したかしら?」
唇だけで微笑み、私もカレーを味わう。・・・うん。いつも通りね。
「あのね、あのね、お店みたいな味だけど、もっと美味しくて、ご飯もふっくらしてて、すごい美味しいの!」
身を乗り出して小学生のような感想を述べる由梨に、思わず吹き出してしまう。
「ふっ、あはは。良かったわ。好きなだけお替りしてもいいのよ。」

そんなゆったりとした時間を中庭で過ごし、気が付けば由梨は2杯のカレーを平らげていた。
「ご馳走様でした。こんな美味しいカレー初めてだったから、いっぱい食べちゃった。」
胃が満たされたことで人心地がついたのか、満面の笑みの由梨が口元を紙で拭う。
「ふふ。お粗末様。」
木立ちを揺らす風が、穏やかに吹き抜ける午後。
「ここ、薔薇の香りもするし、風が心地よくて・・・素敵な空間ね。」
周囲を見回しながら、由梨が溜息をつく。
「そう?」
『守銭奴』の影が脳裏にちらつき、胸の奥がチクリと痛む。
「うん。ピンク、黄色、赤・・・色んな薔薇が咲いてて、ウチにもこんな場所があれば・・・って無理だけどね。」

やめて・・・アイツを褒めるなんて。
アイツの作ったものが由梨の家にもあったらなんて、考えたくもない。

そんな私の表情に気づいたのか、由梨が心配そうに私の横にやってきて手を握る。
「あの・・・ごめんなさい。わたし、何か変なこと言ってる?」
気を遣ってくれる由梨の優しさに、さっきよりも胸の痛みが増す。
「違うの。由梨は悪くないのよ。私こそ、変よね。」
椅子から立ち上がり、思わず由梨を抱きしめる。
それは今の表情を由梨に見せたくないからかもしれない。
「ううん。いいよ。大丈夫・・・大丈夫だから。ね。」
由梨は私の背中を撫でながら、そっと私に囁いた。

とくん、とくんと、自分の鼓動が聞こえるほどの強さで鳴り響く中、由梨と一度見つめ合ってから
自然と唇を重ねに行く。
私の背中に回された腕が、僅かに強さを増す。
「由梨・・・ありがとう。」
感謝を告げ、再び唇を擦り合わせる。
「ん・・・蘭ちゃん・・・」
由梨の体が震えていることに気づき、私は一旦由梨の腕から抜け出した。

もしかして、まだキスも早かったかしら?
と、由梨の目が忙しなく動いていることに違和感を感じ、後ろを振り返る。

「・・・失礼致します。お嬢様、お茶の用意が整いましたのでお持ち致しました。」
ウッドデッキの入り口にはティーセットをトレイに乗せた瑠奈さんが、いつの間にか立っていた。
「そう、ありがとう。早速準備をお願いね。」
あわあわと立ち尽くす由梨から離れ、私は悠然と椅子に戻って脚を組む。
「畏まりました。こちらは速水様から頂きましたお菓子でございます。」
輝く黄金色のマドレーヌが載った皿が二つ、テーブルに置かれた。

「わざわざありがとう、由梨。さぁ、座って。一緒に頂きたいわ。」
顔を真っ赤にしたままの由梨は小さく頷いて椅子に座ると、供されたカップを抱え込むように両手で持ち
口元で傾ける。

人前でキスするくらいでこんなになってしまって。可愛いんだから。
私から零れた笑みは、豊かなバターの風味溢れるマドレーヌによってもたらされたものだろうか。

それとも・・・

 

 

 

 

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