Look at me その17


その夜−

 

扉をノックする音が、机に向かっている私の耳に響く。
「失礼致します。お嬢様、お茶をお持ち致しました。」
カタカタとティーワゴンの音が近づいてくるので、私はP・F・ドラッカーの著書を閉じて振り返る。

「瑠奈さん。今日はあなたに確認しておかなければならない事があるの。」
「はい。何なりと。」
立ち上がった私から、瑠奈さんは一瞬だけ目を逸らす。

「今日のお昼のお茶のタイミング、瑠奈さんらしくなかったわ。何か意図があって?」
あくまでやんわりと、しかし視線を外さずに問いかける。
「不注意・・・でございました。申し訳ございません。」
深々と頭を下げる瑠奈さんに注ぐ私の眼差しは、依然冷たいまま。
「嘘・・・ではないかもしれないけど、隠してる事があるんじゃなくて?」
下げたまま戻らない姿勢を、瑠奈さんの顎に人差し指を当てて押し戻す。

「私が気づいていないと思ってるの?瑠奈さん。」
吐息が掛かる距離で瞳を覗き込み、指だけでなく手で瑠奈さんの左の頬を撫でると、背筋にゾクリと
妖しい電流が走り抜ける。
端正な顔立ちは焦燥に染まり、一言も発することなく視線を彷徨わせている。
「ま、私は瑠奈さんの気持ちが解らなくもないわ。4年も私を世話して来たんですもの。」
ふいと顔の距離を離し、すとんと椅子に戻る。
「私が瑠奈さんを輝かせたいと言う想いを抱くように、その逆もまた、在り得る話だわ。」
ちらりと視線を送っても、行き場を失って床に落とした顔を上げようとはしない。

「瑠奈さん。私と由梨の仲が深まったら、自分が輝くことがなくなると思ってない?」
私が見上げる視線を、俯いたままの瑠奈さんがハッとした様に受け止める。
「それだけじゃないわ。由梨と過ごす時間が長くなることで、私を世話する時間が短くなって、
いずれ見限られる時が来るんじゃないか・・・。そうよね?」
私の言葉は鎌掛けに過ぎなかったけど、瑠奈さんを動揺させるには充分だったようで、その綺麗な目元から
一筋の嫉妬がするりと流れ落ちた。

「ち、違うんです。わたくしは、今までのまま、ただそれがずっと続き、お嬢様にお仕え出来ればと・・・」
私はゆっくり椅子から立ち上がり、今にも崩れ落ちそうな瑠奈さんの頭を胸元に抱いた。
「お馬鹿ね。瑠奈さん・・・あなたは私に必要なのよ。これからも関係は変わらないわ。」
腕の中で微かに震え続ける瑠奈さんは、とても年上とは思えないほど、私に弱い姿を預け続ける。
「瑠奈さんの代わりはいないの。ずっと私の世話をして頂戴。・・・他に望むことはある?」
そっと耳元に囁くと、瑠奈さんは赤くなった目を、ゆっくりと私に向ける。

「わたくしを・・・見て下さい。」

ウォータープルーフのマスカラは涙で落ちることなくカールを保ち、なお強い力で私に訴えかける。
「ふふ。もちろんよ。」
含み笑いを耳に吹きかけ、顔に陰を落としていた前髪を払う。
「光栄にございます。お嬢様。」
ふわりと爽やかな笑みを浮かべた瑠奈さんに唇を近づけると、それはしなやかな指に遮られてしまった。

「お嬢様。それは速水様に差し上げて下さいませ。わたくしには過ぎたる褒美でございます。」
それでも私は、瑠奈さんの頭を押さえて指越しにキスをする。
「そうかもしれないわね。だからそこまでにしておくわ。」
そう告げた私は、瑠奈さんのブラウスのボタンに手を掛け上から一つずつ外していく。
その存在を、慈しむ様に。

やがてスカートとストッキングを脱がされた瑠奈さんは、真っ赤な下着だけの姿となり、
少し欠けた月の光を受けて薄っすらと輝きを纏う。
「素敵よ、瑠奈さん。白いキャンバスに薔薇が咲いているみたい。」
褒め言葉に微かに頬を染め、瑠奈さんはもじもじと身体を揺する。

「薔薇・・・。ねぇ、瑠奈さん。ガーデンに行きましょう。さぁ、ローブを羽織って。」
我ながらゾクゾクするような邪悪な笑みを唇に湛え、手渡したバスローブを瑠奈さんの背中に掛ける。
「お、仰せのままに・・・」
困惑気味の瑠奈さんと共に、私は引きずり出したトランクを手に中庭へと向かった。

 

 

 

 

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