Massive efforts その4


2日後。

「アタタタタ・・・」
左足を引き摺りながら、あたしは活気ある運動部の声響く五月晴れの校庭を横断して保健室を目指す。
ズキズキとした痛みが、地面を踏みしめると一段と大きく響く。
むぅぅ・・・あたしとしたことが、考え事をしながら階段を下りてたら踏み外すなんて。
あ、もちろん考えてたのは嵐山さんの事よっ☆

「失礼しま〜す。」
カラカラとドアを開けると、養護教諭の机には見慣れた白衣の姿。
「いらっしゃい。あら、脚どうしたの?」
腰かけた椅子を軋ませながら振り向いた淀川先生は、あたしを見るなりそう言って椅子を用意してくれた。
「階段踏み外して、足首が曲がっちゃいけない方向に曲がりました・・・」
トホホ声で、何かを準備し出した先生に訴えかける。

「じゃぁ、診るから。靴と靴下を脱いで頂戴。」
小さな袋を手にした先生が良い香りを振り撒きながら戻ってきたので、あたしは言われたとおりにして左脚を
差し出した。
先生の少し冷たい手が足首に触れると鋭い痛みが走って、思わず身が竦んでしまう。

「腫れてはいないし、捻挫しただけだと思うわ。 湿布貼っておくから、しばらくここで休んで行きなさい。
それでも痛みが引かないようなら、病院へ行く事をお勧めするわ。」
淀川先生は小さく微笑んで袋から掌大の湿布を取り出して貼り付けると、あたしの脚をそっと降ろした。
ひんやりとした感触が、痛む足首に心地よい。

「はい。休んでる間にこれ書いて頂戴ね。」
手渡された診察ノートを、備え付けのシャープペンを手にぱらぱらとめくる。
保健室を訪れた生徒は、日時とクラス、名前と病状を簡単にこのノートに記入する決まりなのだ。
「ごめんなさい。ちょっと席を外すわ。それと、今ベッドで寝てる子がいるから、静かにしててあげてね。」
キシッと椅子を鳴らして立ち上がった先生を尻目に、あたしは記入するべきページに辿り着く。
ところが、あたしはその最後に記された名前に、痛みも忘れてガバッと立ち上がる。

「あーーーーーーっっ!!」
自分のツインテールが逆立ったかと思うような叫び声が、それを見た瞬間、勝手に迸ってしまった。
「ちょっと。私が言ったこと、聞いてなかったの?」
出て行こうとしていた淀川先生が、言われた傍から警告を無視したあたしを険しい表情で振り返る。
「先生! こ、これって!?」
ノートに書かれている、あたしが指差した最後の行を先生に突きつける。
「今ベッドで休んでいる子よ。すぐ戻ってくるから、静かにしてあげて。」
さっきよりも僅かに低い声で釘を刺し、少し呆れたように先生はドアを出て行った。

シ、シンジラレナーイ!!
でも、これが本当なら・・・!!
一瞬にしてドキドキと鼓動が速く、強くなってきて、喉に何かが詰まったみたいになる。
痛む左脚が素足のままだという事も忘れ、あたしはひょこひょこ小走りでベッドを区切るカーテンに近づくと、
躊躇いもせず勢いよくそれを開けた。
そこには・・・

「あ・・・」
無意識に、胸の奥から湧き上がるように涙がこみ上げてくる。
真っ白な掛布団から突き出した小さな頭部にあの時の凛々しさはなくて、今は穏やかな寝顔。
だけど、はっきりと脳裏に焼き付いているその顔は、間違いなく彼女だった。
ぱさりと音を立てて、ノートが、床に、落ちる。

「あ・・・嵐山、さん・・・」
ノートの最後の行には、ペン習字の見本みたいに整った綺麗な字で、こう書かれていた。

『14:30 中 3−A 嵐山 みひろ  症状、疲労』

6時間目に何があったのかは解らないけど、彼女はここに来て休んでいるようだった。
まさか、こんな所で再会できるなんて思ってもみなくて、今すぐ万歳三唱してしまいたい衝動に駆られる。

「バ・・・・・・」
おっとと、危ない危ない。
慌てて、あたしは天高く突き上げそうだった両手で自分の口を押さえる。
寝てるんだもんね。邪魔しないようにしないと。
やってる事が既にアウトの境界線を越えている事にも気づかないあたしは、一旦大人しく椅子に戻る。

そっか、嵐山さんは中学生だったのか。
ならば、高三のクラス名簿に載っているはずがない。
リボンの色と雰囲気だけで年上だと決めつけたあたしの早とちりだったわけね。てへっ☆

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

う〜〜〜〜〜〜。

ダメ〜♥ 我慢できな〜い♥♥
あっははー。あたしって、なんて意志の弱い子なのかしらぁ☆
要は、起こしさえしなければ良いのよねぇ〜。 えへへ〜。

ゆらりと立ち上がったあたしは、左脚を庇いながらゾンビのようにひょこふらとぎこちない動きで嵐山さんが
寝ているベッドの横へ回り込むと、その寝顔を屈みこんでまじまじと覗き込む。

後頭部で高く結ばれたポニーテールがあるからか、枕に置かれた頭はこちら側に傾いていて、きりりとした眉が
寝ていても凛々しく角度を保っている。
少し顔色が悪いのか、健康そうな肌は午後の日差しと蛍光灯の明かりに照らされてもなお白く感じる。
ほんのちょっと開いた唇はどんなリップクリームを使っているのか気になるほどの、綺麗な薄桃色。
・・・あれ、あたしなんでドキドキしてるんだろう?

そりゃぁあたしだって身だしなみに気ぃ遣って無い訳じゃないし、自分で言うのもなんだけど、コスプレしても
怒られない位には可愛いって自覚してる。
なのに、同じ女の子を可愛いって思っちゃうのは、なんだかちょっとフクザツ・・・
それに、なんてゆーか、可愛いだけじゃなくて、カッコイイってゆーか・・・

あたしが脳内でもじもじしていると、唐突にパッと嵐山さんの目が開き、お互いの視線が衝突事故を起こした。
「ハッ! て、敵襲!?」
そう一言呟くや否や、嵐山さんは勢いよく布団を跳ね上げてベッドの上からふわりとトンボを切って宙を舞う。
音も無い見事な着地と同時に身を低くして、あんぐりと口を開けたままのあたしに向かって構えをとる。
「え、ちょ、ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ・・・」
敵襲って何!? えと、あ、いや、と、とにかく謝らないと・・・

あたしが胸の前で両手を振り敵意がないアピールをすると、冷静さを取り戻した嵐山さんが先に口を開いた。
「ん・・・? あれ? あなたは・・・この間の、アゲハ抱き枕の人・・・?」
うわぁん! ハムの人みたいに言われたぁ・・・
でも、それよりも、今はあたしを覚えててくれた事が嬉しすぎて、バクバクと心臓が加速を始める。

 

 

 

 

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