Massive efforts その5


「すまない。只ならぬ殺気を感じて目を開けたら人がいたので、つい・・・」
表情を変えずにベッドへ戻ってきた嵐山さんは、適度な硬さのベッドにそっと腰かけた。
殺気なんて出してないのに・・・
「いえいえいえ、あたしこそ、疲れて寝てるのに覗き込んだりして、ごめん・・・」
でも、まぁ、あたしが常識外れな事をしたのは間違いないから、床が見えるほどしっかり頭を下げて謝る。
お礼が言いたかっただけなのに、最初から謝るようなことしてどーすんのよ、あたし!

「あ、あの、あたし、嵐山さんにどうしてももう一度お礼が言いたくて、探してたんだけど、まさかこんな所で
会えるなんて思ってもみなかったから、嬉しくて・・・」
しどろもどろになりながら、ぎくしゃくと両手でジェスチャーを交えて弁解すると、気になっていた嵐山さんの
可憐な口元が、ほんの少しだけ持ち上がったのに気付く。
「気にする事はない。あなたが無事で良かった。それだけだ。」

その瞬間、得も言われぬ切なさが、胸の中に湧き上がった。
体が震えるような、熱くなってくるような、内側に丸まってしまいそうな。
この感じは、あの時感じたものに似てる。
でも、今度はそれよりももっと強くて、遥かに御し難い衝動になりそうな感情の昂り。
これ、もしかして・・・

「まさかこんな所、で悪かったわね。 何をしてるのかしら、二人とも。」
その声に振り向くと、赤黒いオーラを纏った淀川先生が、腕を組んであたしたちを見下ろしていた。

 

あたしは、怪我した足で何を歩き回っているのかと怒られた。
嵐山さんは、ちゃんと休まないとまた倒れると怒られた。
そのうえ、育ち盛りの体はデリケートだから若いからと言って無茶しない事、とお説教まで頂いてしまった。

「ところで・・・嵐山さんが人と話してるなんて珍しいわね。 お友達が出来たのかしら?」
軋む椅子に腰かけて脚を組んだ淀川先生が、コーヒーのマグカップ片手に嵐山さんへ問いかける。
「友達ではない。」
ドカドカドカドカ、グサッ!! つうこんのいちげき。
あー、言われてみれば、確かにそうか。
・・・そうなんだけど、今の一言に深く、あたしの心が抉られた気がした。

「あたしが絡まれてた所を、助けてくれたんです。」
何となく黙っていられない気分だったので、あたしは見えない傷を隠すように口を挟む。
「そう。本当に親切な子ね。嵐山さんは。」
先程までとは打って変わって、包み込むような微笑みを浮かべた淀川先生が口元でマグカップを傾けた。
嵐山さんが褒められたのに、なんだかあたしまで嬉しくなってしまうのは何故だろう。

「なら・・・折角話せる相手が見つかったんですもの。彼女と友達になったらどうかしら?」
ん・・・? 淀川先生の提案に、脈略を感じないけど、どういう意味?
「先生。友達というのは、誰かに強制されてなるものではない。」
いやぁぁぁぁぁ!
強制でも命令でも勅命でも何でもいい! なってよ! なったらいいじゃない! Youなっちゃいなyo!
心の中で、あたしは両手をフレミングの法則にして突き出す。
「それに、いきなりそんな事を言ったら・・・彼女が困ってしまう。」
困らない! むしろ、そんなに遠慮される方が困っちゃうってばよ!!
「そうね・・・じゃぁ、聞いてみたら良いと思うわ。えぇと・・・」
「あ、あたし、霜塚 萌南! 萌え萌えの『萌』に『南』で、もなみ!」
座ったまま頭を下げて手を差し出したから、視界は自分の太腿だけになってしまった。
どういうわけか、鼓動が胸を突き破りそうなほど強くなっている・・・

「もなみ・・・名前も可愛いんだな。」
え、やだ、何よ、名前『も』って。
その一言が聞こえて、壮絶に噴き出しそうになってしまう。
残念なのは、この姿勢では表情が見られない事だ。
「しかし、先生。私と友達になったら、きっと、また・・・」
急に小さくなった嵐山さんの声が途切れると、淀川先生の溜息が一つ。
「そんな事を気にするより、早く手を取ってあげなさい。霜塚さんの肩が疲れてしまうわ。」

嵐山さんの手が差し出したあたしの手に触れ、殆ど力を入れずに優しく力が籠められる。
「萌南。 私と、友達に・・・なってくれないか?」
その言葉は、何よりも待ち遠しかった一言。
缶を貫く指とは思えない、柔らかくて温かい手の感触が、あたしの頬の温度までも上昇させる。
「あ、あたしこそ・・・友達じゃなくて、恋人からでもイイヨ?」
顔を上げて嵐山さんを見つめたあたしが、思い余って垂れ流した言葉に、全員が沈黙する。
もちろん、言ったあたし自身も含めて。

も、が、ちょっ!
・・・省略しすぎた。 もう、がっつきすぎだよ、ちょっとあたしってば!

「ふっ・・・」
あー、ほら、呆れて鼻で笑われてるじゃん!
自らの暴走ぶりに、穴があったら掘り進めて地球の裏側まで行ってしまいたい衝動に駆られる。

「ふふっ。面白いな。萌南は。 そういう友達ができるのは、嬉しい。」
明らかに微笑んだ嵐山さんの表情は、あたしを虜にするには充分過ぎるものだった。

 

 

 

 

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