Massive efforts その24


「みっひー、今日は助けてくれて、ありがと・・・」
「いや、元はと言えば私たちの争いに巻き込んでしまったせいだ。 ・・・すまない。」
送ってもらったあたしの部屋で、明かりも点けないままみっひーと二人きり並んで座る。

 

数時間前---------------

「まずはお主に、危険な目に遭わせてしまった事を詫びよう。」
厳かな嵐山家の道場で、みっひーのお祖父さんが大きく頭を下げる。
「あ、いえ、そんな・・・」
正座していたあたしは立ち上がって頭を下げ返す。

「すでに察しておると思うが、我が嵐山家は忍の末裔。 戦国の世より代々その奥義を一家相伝とする一族だ。」
真剣な表情なのに、優しそうな目元のせいでどこか冗談なんじゃないかと思ってしまう。
それは、あたしの現実逃避への願いが重なっているだけかもしれないけど。

「そして、部外者にその仕事の様子を見られた時には、消さねばならぬが我らの掟。」
ゾクリと、大きく背筋が震える。
闘いなんかと無縁の普通の高校生のあたしでも感じる程の、殺気。
閉じているようにすら思える細い目の奥から注がれる圧倒的な、威圧感。
周囲は先程までの優しい気配が嘘のように消え、いつでもあたしを殺せるという凍りついた空気に変わった。

「じじ上様・・・」
重々しくみっひーが口を開くと、その気配がパタリと元に戻った。
「ほっほっ。分かっておる。 聞けば彼奴等と『誓』を取り付けたそうだの。 ならばお主が再び彼奴等に
襲われる事はあるまいて。」
しわしわの顎を撫でながら、みっひーのお祖父さんがうんうんと頷く。
「お主が我らの事を口外しないと『誓』うならば、その命、お主に預けておいてやらん事も無い。」

「じじ上様、そのように無暗に脅すのはお止め頂けませんでしょうか。」
小さく溜息を吐き、手をついてみっひーが頭を下げる。
あたしは・・・展開が急すぎてついて行けないから、口を開く事すらできないでいる。

「それに、可愛い孫娘から頼まれては仕方が無いからのう。」
「はい、じじ上様。 萌南が口外せぬよう、私が影となって見張ります故、何卒。」
先程から手を畳についたまま一向に頭を上げないみっひーが、畳に向かって声を絞り出す。

「左様か。 して、お主いかがかな?」
「あ、えと、誓います。 誰にも言いません。」
そもそも選択の余地なんてなかったし、何よりあれだけの殺気を出されたら冗談とは受け取りづらかったので
あたしは素直に返事をする事にした。

「うむ。よかろう。 では、みひろ。夜も更けてきた故、送って行ってあげなさい。」
「はい、じじ上様。 失礼致します。」
あたしもみっひーに倣って一礼し、新しい畳が香る道場を後にした。

 

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「ご両親は、いつも何時ごろお帰りになるんだ?」
ベッドを背もたれ代わりに寄りかかり、大きな窓から差し込む月の光に照らされたみっひーは、どこか神秘的。
「うん、日曜はね、いつも夜中なの。」
イベント企画会社に夫婦揃って勤めているから、週末は大抵二人とも帰りが遅い。
あたしがこんな目に遭ったとも知らずに働いているんだろうな。

「そうか。 私なんかに係わったばかりに怖い思いをさせてしまって本当にすまない。 それにもし助けるのが
遅れて取り返しのつかない事態になっていたかもしれないと考えると、私は・・・」
悲しそうな微笑みを浮かべている顔の左側が、青白く浮かんでいる。
「私なんか、なんて言わないでよ!」
遜ったみっひーの言葉を遮り、あたしはたまらず横にいる恋人を覆い被さるように抱き締めた。

薄手のシャツ越しに抱き締めた身体は、やっぱりあたしと同じ女の子。
穏やかな呼吸を繰り返す温かい感触と、先程の闘いのせいでかいた汗が乾いた匂いがあたしの胸を焦がす。
「みっひーは、それでもちゃんとあたしを助けてくれたんだから。 自分をそんな風に言わないで。」
溢れそうな涙と想いを抑える為、あたしはまだ成長途中の胸に、顔を埋める。

「萌南・・・」
あたしの後頭部を撫でる優しい手と、背中に回された腕の温もりに包まれながら囁かれたあたしの名前。
「萌南は、私が守る。 また危険な目に遭わせてしまったとしても、必ず。」

あぁ・・・もう、だめだ。
ゲームで見たことがあるような気の利いた言葉なんて出て来なかった。
「みっ、ひー・・・」
じわりと目から溢れ出したものは、すぐさま押し付けていたTシャツに染み込んでいく。

顔を上げると、滲んだ視界には力強い決意に満ちた微笑み。
自然と顔が近づいて行き、あたしの唇に同じ感触のものが、触れた。



 

 

 

 

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