Massive efforts その30


二人でシャワーを浴び、そろそろ両親が帰ってくる時間だと気付いたのはもうすぐ日付が変わる頃だった。
でも、着信に気付かないままだったケータイの受信BOXを慌てて開いてみれば、1通だけの新着。

『萌南 ごめんなさい。撤収に手間取って列車逃しちゃった。萌南が家出る時間には間に合いそうにないから
昼食は学食でお願いね。 ワンワン(`・ω・´)』

ワンワン。
・・・じゃないっつーの。
しょうがないのは分かってるけど、あたしは大きく溜息をついてケータイの画面を閉じた。

「萌南。 また萌南のうちのお風呂を借りてしまったな。」
シャワーを浴びている間全く目を合わせてくれなかったみっひーが、一足先に上がってリビングでケータイを
見ていたあたしの背中に声を掛けてきた。
「ぜんぜんいーよー。 それよりさ、うちの親ったら電車逃して帰れなくなったとか言って。」

振り返ったあたしの目に飛び込んで来たのは、髪を下ろした湯上りのみっひー。
洗い上げた肌がどことなく艶っぽく感じるのは、気のせいじゃないはず。
汗で汚れた服を着たくはないだろうから着てもらった、ピンクフリルのタンクトップがとってもお似合い。
みっひーの服は、どうもピンクであることが頭に定着しちゃったみたい。
「ふむ。もうそんな時間か。」
ちらりと、壁掛け時計に視線を走らせたみっひーが思案を巡らせているのは、もちろんみっひーも帰らないと
いけないからだよね。

「ごめんね、あたしがその・・・引き留めちゃって。みっひーも帰れなくなっちゃったんじゃない?」
引き留めちゃった内容を思い出させないよう、手にしたドライヤーのプラグをコンセントに差し込んで手招き。
「そうだな。やはり制服と鞄を持ってきておいて正解だった。」
そう言われてみれば、みっひーのお家を出た時に学校の鞄ともう一つバッグを持っていた・・・ような?
あたしが座ったソファの横にみっひーがぽすんと腰掛けたので、スイッチを入れたドライヤーから噴き出す
温風を湿った髪へあてて手櫛で梳いて行く。

「最初から、こんな時間になると思ってたの?」
見透かされてたのかと思うと、ちょっと腹が立つのと同時に、その先見性に感心してしまう。
「可能性の問題だ。 遅くならなければ持って帰ればいいだけのこと。 だが、持って来なかったら遅くなった
時に困ることになるからな。」
当たり前のように言うけど、それだけ先の事を考えて行動するなんて、とてもあたしにはできない、

「みっひーは、すごいな。 いろいろ考えてるんだね。」
一通り乾かし終え、さらさらになった髪を指の隙間から流してスイッチを切る。
「そうだな。私達は・・・そうすることに慣れている。それに、」
そこで言葉を切ったみっひーがあたしの手からドライヤーを取り上げると、今度はあたしに背中を向けるよう
促すので、素直に壁に掛けてあるカレンダーの方へ向く。

「萌南のような変わり者の恋人を持つと、いろいろ努力しないとけないからな。」
ふふっと、悪戯っぽい鼻息があたしの項を掠めた。
「あぁー! なにそれ。 どーゆー意味ぃ?」
髪を梳かしてくれるみっひーの指の感触に浸っていたいのに、もう、余計な事言うんだから。

「ふふ。 守り甲斐があるという事だ。」
ドライヤーのスイッチが切れた音が、いやに耳に響いた。
首に腕が回され、お風呂上がりで温かいおっぱ・・・胸が、優しくあたしの背中に寄り添う。
「え、あの・・・」
きゅんきゅーん!
あたしのハートめがけたコロラド撃ちが見事命中。

なに、急に女の子らしい事言って。
自分でもはっきりわかるほど、頬と耳が熱くなっていく。
不意打ちのためダメージ2倍。

「みっひー・・・」
もう、名前を呼ぶのが精一杯だった。
日付が変わる瞬間に、溢れ出す感情を、たった一言に全部込めて。


 

 

 

 

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