Never open doors   その3


9月 2日  曇り   9:47

宿題を写させてくれたお礼と言ったらなんだけど、今日は湖那の手伝いをする予定になっている。
本当だったらこんな面倒な事はお断り、でも、宿題の恩義もあるし、他ならぬ湖那の頼みだし。
そんな事を考えながら、ようやく店が開き出した商店街をふらふらと彷徨う。
道行く人はまばらだけど、擦れ違う人の多くがあたしを振り返る。

こんな事は、慣れっこのはずなのに。
もう、この町で半年。
最初は便利な暮らしが懐かしかったけど、住めば都なんてよく言ったものだと思う。
きっと、そう思えるようにしてくれた人がいたから、なんだろうね。・・・湖那。

あれ?

商店街の出口の方に、ウチの学校の制服を着た女子が二人。
仲良く並んで信号を待っているみたいだけど、学校は明後日から。
湖那が調べたという情報では、今日部活を行うところはないはずなのに、なぜ制服なのだろう。
あたしは口の中で踊らせていたガムを道の端に吐き捨て、信号が変わる前にと小走りでそちらへ向かった。

近づくにつれ、二人連れの片方の後姿には見覚えがある事に気付く。
いつもと同じ水玉の大きなリボンで後ろ髪をまとめている、その姿に。
「岩佐さーん!」
呼ばれて振り返ったという事は、あたしの目に狂いはなかったようだ。
特に親しい訳じゃないけど、覚えるのに苦労する程の人数がいるクラスでないのが幸いしたのかもしれない。

「クイーン・・・ おはよう。」
「おはよー。」
呼び止めた人物があたしだったからだろうか、岩佐さんは少し驚いたような表情で挨拶を口にした。
そして、少し上がった息を整えながら挨拶を返したあたしを、隣にいる人物はゆっくりと見下ろすような視線で
振り返ってきた。

「おはよう、久院さん。」
あたしは、その人物を岩佐さんともども図書室で見掛けたことがあった。
いつも人を小馬鹿にしたような目つきで見るくせに、意外と嫌われていない不思議な女。
顔の半分を隠すような長い黒髪が印象的な、ミステリアスな雰囲気を漂わせている。
彼女は図書委員長の・・・空知だかカラチだか、だった、と思う。
岩佐さんは図書委員だから、この組み合わせということならと目的も推測できた。

「おはよ。 ・・・今日は図書委員の活動?」
どちらへともなく、世間話のつもりで思い付きを投げ掛けてみる。
「え、んーん、そうじゃ・・・」
「えぇ、そんなところよ。 学校が始まる前に図書室を片付けておこうと思ってね。」

・・・・・・ん?

岩佐さんはあたしの言った事に、答えようとしていたのだろうか?
それをわざわざ丁寧に、一歩前に踏み出した空知が答えてくれた事に少し違和感を感じる。
「そー、なんだ。 大変だね。」
「そういう久院さんは? こんなに朝早くからおめかしして、どこかにお出掛け?」
あくまでも優しい笑みを浮かべているはずの空知が、既に身体半分目的地へ向き直りながら尋ねてきた。
「あ、あぁ、あたしはただの買い物。 今日、友達と集まるからお菓子とかね。」
「そう、残りの夏休み、楽しんで頂戴ね。 じゃ、私達はこれで。」
どうでもいいといった態度がはっきりと表れていただけに、あたしもそれ以上追及するのはやめた。
ただ、ずっと岩佐さんが何かを言いたそうにしていたのが、ちょっと気になったけど。

・・・だからだろうか、あたしが彼女たちの後を尾けていこうなんて思ったのは。

商店街を抜け信号を渡ると、すぐに道路は緩やかな上りカーブを描き森の中へと続いていく。
普段の登校時には、車一台も通らない朝早くの森の空気が澄んでいて、深呼吸すると清々しい気分になれる。
山間の道は上り坂だけど、彼女たちは一度も後ろを振り返ることなく、時折会話をしながら進んで行く。
そんな道を徒歩で10分程もすれば森を抜けた左手にあたしたちの学校は見えてくる。

道は学校の正面、今いる場所から見て右手方向に大きく曲がってそのまま山の奥へと続いて行く。
なぜなら山に沿って沢が流れていて、道はそれと並走するように迂回しているからだ。

初めてこの学校を見た時は、なんでこんな場所に学校を建てたのか不思議に思った。
北側を沢、西側を山の斜面、南を森に囲まれているなんて、まるで要塞みたいだ。
あとで湖那から聞いた話だと、放棄された造成地を有効活用するために作られたんだとか。
まぁ、国だか市だかの金とか利権とか、湖那はともかくあたしには興味が無い話だと聞き流していたけど。

そうこうしているうちに、彼女たちは校門に辿り着き学校の中へと入っていこうとしている。
気付かれないよう距離を空けていたあたしは、さらにあたしの後ろからやってきている自転車になど気付かず
距離を詰めようと大きく踏み出した。

キキィッ!!





 

 

 

 

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