Never open doors   その4


9月 2日  曇り   10:04

後ろで急に聞こえた自転車のブレーキ音にハッとなって振り返る。
「久院。」
愛用の電動アシスト付自転車に跨ってあたしを呼び止めたのは、現代文や古文などの国語全般を担当している
守口先生だった。
体育教師よりも体格がよく、『工事現場のガテン系のオッサン』という形容がぴったり。
ごま塩角刈りの頭に、もし捻り鉢巻きでもしてたら到底教師になんか見えないだろう。

「守口先生・・・ おはようございます。」
尾行していたことにやましい気持ちはないけれど、何となく丁寧に挨拶をしてしまった。
・・・あたしらしくも無い。

「おはよう。 こんな所でどうしたんだい。 始業式は明後日だよ。」
にかっと笑う口元にはきらりと輝く金歯。
あたしが苦手なタイプの中年の典型だ。
「いえ、大した用事じゃないんです。」
出来れば早く話を切り上げて立ち去りたかった。
「そうか、今日学校に来ても誰もいないし、入る事も出来ないぞ。」

え・・・?

先生は、岩佐さんや空知が学校に来ている事を知らないのだろうか?
それに彼女たちは、間違いなく校門から学校に入って行った、のに。
「あ、おい、久院!」
あたしは先生の制止を振り切り全速力で、校門へと残りの坂を駆け上がる。

「!!?」

・・・あれ?
おかしいという程じゃないけど、見慣れたはずのその光景は、どこか腑に落ちなかった。

鈍重な鉄柵の校門はおろか、通用口の扉も閉まっている。
なら、どうやってあの二人は中に入ったのだろう。
それに、ほんのちょっと先生と話してただけなのに、二人の姿が校庭に見当たらない。

「久院、どうしたんだ、急に?」
掛けられた声にハッとして、自転車を押しながら坂を上ってくる守口先生に振り返る。
「先生! 今、岩佐さんと空知・・・さんが入って行ったはずなんですけど。」
「・・・・・・」
先生は何度か目を瞬かせ、学校の方へと顔を向ける。

「そんなはずはないだろう。 校門は閉まっているじゃないか。」
「でも、あたし、確かに・・・」
「久院。」
間違いなく目の前で二人が校門に入って行った事を力説しようとするのを、先生は名前を呼んで遮った。

「見たというなら、それでも構わんが。 で、久院はその二人に用事があるのか?」
「・・・あ、いえ・・・」
そう問いかけられ、あたしは口を噤んだ。
あたしは別にあの二人に用事がある訳じゃない。
ただ、なんとなく気になって尾けただけ。

「ふむ・・・ まぁいい。 でも、久院が他の生徒に興味を持ってくれているのが分かったのは、先生少し
嬉しいぞ。」
うんうんと、大仰に頷く先生。
まだ、あたしが転校してきたばかりの頃の事を案じているのだろうか。
「はぁ、どうも。」
これ以上は藪蛇になりそうで、募りだす早く立ち去りたい気分があたしの身体を元来た方へ向き直らせる。

「お、気を付けて帰るんだぞ。 また始業式でな。」
失礼しますと小さく頭を下げて踵を返したあたしは、上って来た時とは反対にゆっくりと坂道を下り始める。
なんだかいろいろ頭の中に引っかかるけど、今はとりあえず、皆の為に買い物を終わらせる事の方が大事だと
思い直し、そのまま商店街へ向かう事にした。




 

 

 

 

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