Never open doors   その5


9月 2日  曇り   12:11

「ふぅ、なんだかいっぱい買っちゃったねー。」
5軒目のお店を出て、両手にぶら下げたビニール袋の束にロミオは満足そうな笑みを浮かべる。
「そんなにいっぱい買って・・・ 遠足やパーティーじゃないんだよ。」
わたくしは半ば呆れてロミオを見上げる。
「だいじょぶだって、余ったら僕が全部食べるから。 あ、ジュリも食べる?」
「・・・ぅ。 夕食が食べられなくならない位なら、ね。」
屈託のない笑顔に、思わず視線を逸らしてしまう。

それに、そんなにいっぱい買い物袋持ってたら、手を繋げないじゃない。
自分の右手の2リットルペットボトル2本入り袋が、いつも以上に重く感じる。

「ジュリ、それも持とうか?」
私の視線の先に気付いたのか、ただでさえ荷物でいっぱいの右手を差し出されて慌ててしまう。
「んーん。 ロミオだって荷物いっぱいなんだから、このくらいはわたくしが持つよ。」
くるりと体を翻して、表面に浮かんだ表情も入れ替える。

「そ、それより、ちょっと学校に行ってみない?」
「これから行くのに? なんで?」
「軽手さんの『事前に調べた』が当てにならない事は知ってるでしょ?」
「あー・・・ だねぇ。」
ロミオの言葉の少しの間は、思い当たる節が多すぎて、ついわたくしも苦笑いが滲み出てしまった。

アーケードのお陰で少しはましだった暑さが、それを抜けた途端に襲い掛かってくる。
森から聞こえてくる蝉の鳴き声も、それを一層引き立てるフルコーラス。
途中でわたくしたちを追い越した1台の車のエンジン音すら、気温上昇の一因だと思えてしまう。
なのに、坂を上る歩を進める度にがさがさと鳴る両手の袋を、ロミオは顔色一つ変えずに運んでいる。

昔から、ロミオはそういう子だった。
大家族という家族構成のせいなのだろうけど、きっと根っからのお姉ちゃん気質なのかもしれない。
女の子にしては大柄な身体も、優れた運動神経も、気遣いの優しさも、必要以上に背負おうとする義務感も。
きっとロミオの家族を支えるために神様が与えてくれたものなんだろうね。

「ん、ジュリ? ・・・えと、さすがにおんぶは無理だよ?」
見詰めていたロミオの横顔が不意に正面顔になり、訳の分からない事を言い出した。
「だ、誰もそんな事思ってないってば!」
「あ、あぁ〜、ジュリぃ、待ってよ〜。」
からかわれただけだという事にすらも気づけずに、わたくしはずんずんと一人で先に上って行く。
もう・・・ バカ。

坂の上から、蝉の声に紛れて小さかったけど、ガラガラと何かの音が聞こえてきた。
「? 今の、何の音かな?」
隣を歩くロミオに聞いてみたものの、ロミオには聞こえなかったらしく、さぁと首を傾げただけだった。
これから肝試しだなんて事が頭の中にあるから、気になると不安になってしまう。
真昼間なのに、何を怖がる必要なんかあるものですか!

坂を上り切って学校の校門が見えてくると、その前に人影があるのも見て取れた。
「あれ? 校門の前にいるの、守口先生じゃない?」
「そうだねー、何してるのかな? おーい!せんせーー!!」
あ、バカ!
と、言葉に出すよりも早くロミオがスタスタと校門に向かって走って行ってしまった。

「こんちわー、せんせー。」
「おぉ、江曽か。 どうした、始業式は明後日だぞ?」
ペットボトルをぶんぶん振り回しながら必死で追いつく前に、二人の会話は始まってしまった。
「やだなー、せんせー、いくら僕でもそこは間違わないよー。 せんせーは何してんの?」
「あぁ。 ただの待ち合わせだよ。 この後校長先生と打ち合わせがあってね。」
「だからってこんな日差しの下で大変だねー。あ、そだ、これ良かったら。」
ビニール袋の中からお茶の缶を取り出し、ロミオは守口先生に手渡そうとした。

「ありがとう、江曽。 でも、気持ちだけもらっとくよ。」
「気にしなくていいのに。日射病になっちゃうよ?」
「いや・・・ その、打ち合わせが飲みながらなもんで、な?」
顔の前でジョッキを呷る仕草をする先生に、ロミオはピンときたようで大人しく缶を袋に戻した。

「せん、せ、こ、こんにちは・・・」
「おぉ、鳳まで。 こんにちは。」
息も絶え絶えで上ってきたわたくしにも、先生はにこやかに挨拶を返してくれる。
「それにしても二人とも大荷物だな。 確か今日は・・・どこも部活は無かったはずだが?」
「うん、陸上部も空手部も、今日は休みだよー。」
訝しげに首を傾げる先生に、相変わらずのんきな口調のロミオが答えた。
「わたくしの郷土文化研究会もそうですけど、文化部は夏休みに出てくる方が少ないのでは?」
あぁそうだなと、わたくしの返答にも先生は小さく頷く。

「とにかく、今日は学校へは入れないぞ。 話し相手をしてくれるのは嬉しいが、その手荷物を待ってる人が
いるんじゃないのか?」
「あ、そーだった。 じゃ、せんせー、またねー。」
「え、あ、ちょっと・・・ あ、失礼します。」
ロミオが会話を打ち切ってしまい、私も慌てて頭を下げる。

「ちょっと、これから学校に行くのに、先生があんなところに居たら入れないじゃない。」
立ち去りながら、わたくしが小声でロミオに悪態をつく。
「あー、じゃ、あとで湖那さんに言おうよ。 そうしたら行かなくて済むかもしれないよ!」
ロミオにしては素敵な閃きを、わたくしは天からの吉報のように受け止める。
「そーだ! それ名案!」
お互いに肝試しとか苦手なものだから、顔を見合わせてにやりと笑みをこぼしてしまう。

「そしたら、優緒のうちでパーティーできるねー。」
「だねー、いっぱい買っておいて良かったね。」
・・・・・・
・・・

この時はまだ、わたくしたちは優緒さんの言う『湖那さんの本当の恐ろしさ』を理解していなかったのだ。




 

 

 

 

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