Never open doors   その7


9月 2日  曇り   14:13

「その七不思議をわざわざ書き記した冊子が、校長室に保管されてるんだって。」
僅かに声のトーンを落として発表されたその新たな知識に、私の背筋がぞくりと震える。
オカルト知識が蓄積して行くとき独特の戦慄の刺激が、私を甘く痺れさせる。

「・・・いいじゃない、湖那。 で、それで?」
早く、もっと語りなさいよ、湖那。
私と湖那の間に自転車があることも忘れて詰め寄りそうになり、危うく自転車ごと湖那を押し倒しそうになる。
「おっとと、まったく優緒ったら、こーゆー話になると見境が無いんだから。」
「ご、ごめん・・・」
ふふっと小さく表情を崩す湖那の、ツインテールがその笑顔と同じように揺れている。

「真っ赤な表紙のその冊子には、こんな詩が書かれてるんだって。」
すぅと大きく息を吸い込み、湖那は私を見つめる。
まるで、魔界に誘う悪魔のように、たっぷりと間を置き、重々しく言葉を紡ぐ。

『いちばんひだりの  あかまつに
いのちのともしび  あいまみえん
くりゅうのからだ  とぐろをまいて
うちゅうのはてへと  るふせしめよ』

ぞくぞくと、妖しい電流が私の脊髄を駆け抜けて、脳を駆け巡る。
このベタっぽさが、逆にイイ・・・

「はっ。子供だましもいいところ、だね。 高校生相手のオカルトにしちゃ安っぽいんじゃない?」
清良さんが、咥えていた白い棒をぷっと道路に吐き捨てる。
ふん。 東京砂漠の乾いた空気にさらされ過ぎて、こういう感性を理解できないなんて可哀そうに。

「まーねー。 わたしも最初はそう思ったんだけど。」
まだ続きがあるの!? 湖那、もっとよ、もっと。 もっとちょうだい!
「昔から続いてる話ならともかく、噂の出所が近々留学するっていう図書委員の岩佐 知世なの。」
良く知っている名前が出て来て、少し驚く。
私の所属している文芸部の活動場所は図書室だから、その人物とは部活の度に顔を合わせている。
しかし・・・そんな身近にお宝の持ち主がいる事に気付かなかったなんて、私としたことが。

「図書委員・・・」
ぽつりと呟いた清良さんの表情が、ほんの一瞬、曇ったように感じた。
「という訳で、できれば校長室でその冊子の話の真偽も確かめたいの。」
なるほど。それで誰もいない今日でなければならなかった、ということね。
「なら、湖那に朗報よ。 守口先生が校長先生と飲みに行くって言ってたって、路美花ちゃんが言ってたの。
それなら、校長先生が校長室にいる可能性はなくなるわよね?」
思いも寄らない私からの情報に、湖那の顔はぱぁっと明るくなる。

「マジで? うふふふ。ツイてるじゃない。 いける、いける!」
グッグッとガッツポーズをして、湖那の歩調が速くなる。
「学校中がもぬけの殻なんて、まさに、今日をおいて他に無い大チャンスよ!」
「湖那、校門の前に守口先生がいるってのを、忘れてないでしょうね?」
浮かれる湖那に、私は落ち着いて釘を刺す。
「もういないでしょ? ・・・って、あれ?」
丁度坂を上り切り、学校の入り口が見え始めたその時、校門前には見覚えのあるごつい人影。

「ちょっと、二人ともストップ!」
清良さんが慌てて後ろを制止し、私達は守口先生から直視できない位置まで下がる。
「まだいるよ。守口先生。」
「ふっふー。慌てない慌てない。」
余裕のしたり顔で人差し指を2回横に振り、湖那はそのまま左方向を指差した。

「こっちよ。ついてきて。」
そう言うや否や、湖那は道を外れて自転車を停め、学校の外壁沿いに森の中へと入っていく。
「あ、ちょっと・・・ しょうがないわね。」
清良さんと顔を見合わせ、私達も渋々湖那を追って木々の間へと分け入る。
「待ってよ〜、湖那さ〜ん!優緒〜!」
能天気な大声で私達を呼ぶのは、いつの間にか離れてしまった路美花ちゃん。
大声出さないでよ! 守口先生に聞こえちゃうでしょ!!
これ以上叫ばれても困るので、仕方なく足を止め後続を待つ。

「もう、優緒さん、置いて行かないでよ・・・ それに、どこに行くの?」
「湖那が校門から入れないみたいだからついて来いって。 ・・・で、路美花ちゃんは大声出さないでよね。」
「え、なんで?」
・・・気付いてよ。
「守口先生に聞こえたらまずいでしょ。」
「あー。 まだいたんだ、ゴリグチ先生。」
「・・・・・・。 だからわざわざ道を逸れたんじゃない。」
「ごめんごめん。」
能天気な笑みを浮かべた路美花ちゃんは、頭を掻きながら軽く謝った。
まったく、路美花ちゃんのマイペースで緊張感の無い所が、悪いタイミングで発揮されたわね。

やがて、森の向こうが急斜面になり、そこで学校の外壁が向きを変える地点に辿り着いた。
今いる場所は学校の南西の端。体育館や校舎からは裏手に当たる場所。
壁と斜面と木々に日の光が遮られ、その一角だけは一日中薄暗い。




 

 

 

 

その6へ     その8へ