Never open doors   その9


9月 2日  曇り   14:36

「さ、さーてと、じゃぁ、一旦わたし達の教室に行こっか。」
パンと小さく手を打ち鳴らし、わたしは空気を切り替える為に皆の注意を引く。
外で守口先生が騒いでいたみたいだし、本気でわたし達を学校に入れたくないのなら、穴から入れないと
判った以上、正門から回り込んでくるはず。

-----いや、しかし。
体育館裏から校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下に向けて歩きながら、はたと考える。
もしかして、ずっと校門の前にいたという事は、守口先生も正門からは入れなかった可能性があるのでは。
そう思い至ったものの、わたしはすぐにそれを否定する。
ただ、中に入る必要も理由も無かっただけだったとしたら、やっぱり入って来るよね。

辿り着いた渡り廊下には、体育館の扉と校舎南端の扉が見える。
「湖那。 ここまでは来れたけど、校舎の中には入れないんじゃない?」
横に並ぶクイーンが、どこか他人事のように口を開いた。
いくら田舎とはいえ、セキュリティ管理位しているだろうし、そもそも鍵がかかっているはずだ。
「・・・。 そー言われてみたら、そーかも。」
わたしは自分の迂闊さに気付き、同様に他人事のような返事を返してしまう。
「えー! ちょっと湖那さん、ここまで来てそんなの勘弁ですよー。」
先程見事な壁越えジャンプを披露したロミオちゃんが、ストレートな心情をわたしにぶつけてきた。
穴を通れないロミオちゃんが帰るときには、焼却炉をよじ登ったりするのだろうか。
うぅ・・・ 確かに予見性が甘かったのは悪かったけど、そんな顔しないでよ。

誰もいない学校の扉というのは静かすぎて、威圧的な大きさがまるで何かの収容施設のようにも思える。
それも含めて言えば、人の声がしない学校というのは少し、雰囲気が違うように感じてしまう。
少し遠くの方で鳴き続ける蝉の声だけが、いまのわたし達のBGM。
そんな事に気後れしたわたしは小さく頭を振って気持ちを切り替え、一縷の望みを持ってドアノブに手を掛け、
ゆっくりと、右に回す。

「あ。開いた。」
驚いた事に、鉄の扉は開け初めにギィと音を立てて普段と何ら変わりなく外側へ開ける事が出来た。
戸惑いを感じて後ろを振り返ってみれば、困った顔が3つとわくわく顔が1つ。
もちろん、困った顔もそれぞれ思惑は違うんだろうけど。

「図書委員・・・」
ぽつりと、クイーンの口から零れ出た言葉。
「え?」
廊下の様子を覗いながら、わたしはクイーンに聞き返す。
「やっぱり、図書委員の二人が来てるんじゃないかな。」
「どーゆー事?」
校舎内に歩を進めながら、わたしはクイーンからもたらされた新たな情報を問い質す。

「あたしが守口先生に会う直前に、図書委員の二人が学校の正門から入っていくのを・・・いや、正確には違うか。
入って行ったように見えたんだ。 で、守口先生に引き留められてる間に見失っちゃったの。」
クイーンはそこまで言うとプゥッとガムを膨らまして、舌で絡め取るようにそれを口内へ収める。
「ふぅん・・・そなんだ。」
情報に妙な違和感を覚え、わたしは思わず気の無い返事をしてしまう。

校舎の中は、もちろん外に比べればマシではあるけど暑い事に変わりはない。
右側に見えるドアは校長室の入口。
目的地の一つだけど、たぶん・・・鍵がかかっているはずなんだろうなぁ、なんて思ったけど今更よね。
「電気が、点いてるのね。」
優緒の言う通り、廊下の蛍光灯は点いていて、明らかに誰かが先に中にいるであろうことを感じさせた。
クイーンの言った通り、図書委員なのだろうか。

職員室の最初の扉を通過した進路指導室のドア横に、1〜3年の教室の鍵が収められた壁掛けロッカーがある。
わたしはそれを開け全ての鍵を取り出す。
「湖那さん、必要も無いのに全部取るなんて欲張りですねー。」
ロミオちゃんは何故かニヤニヤしながらわたしの挙動の感想を述べた。
「違うって。 わたしの教室の鍵だけ取ったら、守口先生が入って来た時に居場所を特定されちゃうでしょ。
少しは時間稼ぎになるし、帰りには全部戻せば済む事だし。」
「そっかー。 良く考えてるなー。」
ふふん。わたしの頭脳をなめないでちょうだい。
「悪知恵を働かすのが得意なだけよ。」
優緒〜、そこは素直に褒めてくれて良い所だよ?

外へ通じる扉が閉まった事で、今まで聞こえていた蝉の声はほとんど耳に届かなくなり、代わりに5人分の
足音だけが、他に誰もいない廊下に響いている。
わたし達は北階段へ向けて進み、そのまま上ってすぐの2年2組--すなわちわたしの教室--を目指す。

放課後でもなかなかお目にかかれない無人の食堂・テラスは、やはり雰囲気が違う気がする。
「食堂に来るとさ、今みたいに誰もいなくてもお腹すいちゃうよね。」
「やってないのが残念だけど、ホントにお腹すいたなら持って来たお菓子食べる?」
「うーん、教室に着いてからでいいんじゃないかな?」
ロミオちゃんが呑気な声を上げると、ジュリちゃんが相槌を打つ。
ホントに仲睦まじいんだから。この二人は。

そんな会話に和みながら北階段を2階へと上って、右に少し進んだ2年2組の教室のドアの鍵を開け、わたし達は
ぞろぞろと教室へ入る。




 

 

 

 

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