Never open doors   その10


9月 2日  曇り   14:45

僕達は湖那さんの席の周囲に、近くの机から思い思いの椅子を寄せ集めて座る。
「さて、じゃあ今日の予定だけど。」
湖那さんがようやくとばかりに皆の顔を見回しながら話し始める。
僕はどうせ聞いてても分かんないから、優緒か潤里にでもついて行けばいい。
それよりも腹ごしらえだよね。

僕はポテチの袋を背中の継ぎ目部分から引き割り、皆で取り易くして机の上に置く。
開けた時のバリッという音が、静かな教室にはよく響く。
「今日は人数もいる事だし、二手に分かれて行動しようと思うの。 組み合わせは1年組と2年組が妥当かな。」
「妥当ね。」
優緒が腕を組みながら小さく即答する。
どうやら一人で何かさせられることは無さそうでほっとする。
潤里と優緒が一緒なら、怖さなんて感じない。 ・・・たぶん。

だって、誰もいない学校なんて、電気が点いてたって怖く感じるに決まってる。
-----普段は当たり前のように誰かがいる場所に、誰もいないという事。-----

そんな違和感が『見慣れた空間』を『見慣れないもの』と思ってしまうのか、まぁ、深く考えた所で僕にはよく
分からない。
「そしたら優緒たちは、七不思議の舞台になっている場所を回って写真で撮って来てくれる?」
「うふふ。 それだけでいいの?」
心の底から楽しそうな笑みを浮かべる優緒が、湖那さんにもっとを要求する。
僕にとってはそれだけでも充分な肝試しだよ・・・。

「え、物足りないなら・・・ 実際に不思議現象に遭って来て。」
「か、軽手さん! そんな事ホントに起こる訳ないじゃないですか! ねぇ、ロミオ!」
僕よりも怖がりな潤里が、少し身体を寄せて僕の左腕を取り抱き締める。
「そーだよね。 ないない。」
シャツ越しに潤里の柔らかい感触が僕の腕に当たるのを感じながら相槌を打ち、ポテチを1枚口に運ぶ。
どちらも長らく慣れ親しんだ、感触と、味だ。

「あたしらは?」
クイーンさんが椅子の後ろの机に肘をつき、短いスカートから伸びる長い脚を組んで気怠げな声を上げた。
「んー。 守口先生にハナシつけに行こうかと思って。」
一瞬手元を見つめてから、湖那さんがクイーンさんに強い眼差しで答える。
「今回の件は新聞部の活動だし、誠意をもって話せばきっと許してくれると思うの。」
「どうかな。」
「そうね、皆は見てないでしょうけど。 守口先生、すごい顔で止めに来てたんだから。」
ここに入って来るときに最後尾だった優緒が、思い出したくもなさそうに顔を逸らしながら吐き捨てる。

「でも、放っておく訳にいかないでしょ。 あとあと問題になっても困るし、処分ならわたし一人で・・・」
「ついに本音が出たわね。 まぁ、湖那がそう思ってても、付き合った時点で既に私達も同罪でしょうけど。」
何を今更とでも言いたそうに、優緒が自嘲した。
「それでも、清く正しく美しく! ジャーナリズムってそーゆーもんよ!」
「はぁ・・・ そんなものかしらね。」
ニカッと会心の笑みを浮かべた湖那さんが、呆れ顔の優緒との話を打ち切る為か席を立ちあがる。
湖那さんの責任感の強さは僕達もよく知ってる。
だから、優緒だってそれ以上追及しないんだよね?

湖那さんは自分のバッグから大きなデジタルカメラを取り出して優緒に手渡す。
「優緒、3階から始めて校庭へは最後にね。 わたし達の方が先に先生に会うにはその方が良いと思うの。」
「特別教室には入れるかしら?」
「鍵がかかってたら、ドアについてる小窓から中を撮ってくれるだけでいいから。」
「ん。分かった。任せて。」
幼馴染同士という信頼が、カメラという物を通して受け渡される。
僕にはこの瞬間が、そんな風にすら感じられた。

「じゃ、行ってくるね。 終わったら、またこの教室で。」
「「「いってらっしゃーい。」」」
湖那さんたちを、僕はポテチを片手に、もう片方の手を振って送り出す。
この場にいる人数が減る事を気にしてか、潤里の声は少し小さかった。
そして、それとは逆にいつもは出さないようなウキウキ声で見送ったのは----

「ほら、いつまでここでお茶してるつもり? 早速撮りに行きましょ。」
預かったカメラに嬉しそうに頬擦りしながら僕達を急かす優緒。
「優緒さん、良かったら一人で楽しんで来たら? わたくし達がいたら、お邪魔になっちゃうんじゃない?」
潤里が、僕に目配せしながらなんとか肝試しを回避しようと努力している。
「そぉ? 私はそれでも構わないけど、ここに二人で・・・」
何かを言いかけた優緒が、にやりとわざとらしい笑みを浮かべた。

「あー、ごめんなさい、潤里ちゃん、気が利かなくて。 そーよね。 ここに『二人で』残りたいって事よね?」
「え、べ、べ、別にそんな意味じゃないんだけど!」
優緒の指摘に、何故か大慌ての潤里。
やっぱり二人だけでここに残るってのは怖かったのかな?

「いーのよ、潤里ちゃん。 私、応援してるから。」
「な、ゆ、優緒さんったら!」
「ただ、皆が戻るまで教室から出る事すら出来ず待ち続けるなんて、歩き回るのとどっちが怖いかしらねー。」
天井を見上げながらウフフと笑みをこぼす優緒に、はしゃいでいた潤里の顔からさっと血の気が引いて行く。
えと・・・それで、どっちの方が怖いかな?

「あー、やっぱり行こっか、ねぇ、ロミオ。」
「え、結局行くの?」
食べかけのポテチを名残惜しそうに見つめるも、潤里は僕の腕を掴んですっと立ち上がる。
「そうと決まったら早い方が良いわ。 行きましょう。」
優緒は楽しそうに言うと教室のドアを開けて僕達を手招きした。

あ〜・・・ 僕のポテチ〜!
僕が潤里に引きずられながら、3人で夏の午後の日差し差し込む教室を後にした。




 

 

 

 

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