Never open doors   その11


9月 2日  曇り   15:35

side 湖那/清良   place 1F 職員室前

 

「守口先生、来ないね。」
職員室前で待つこと30分。
『もし校内に先生が入ってきたなら、必ずここに来る!』という湖那の提案で張り込んでいたものの、先生が
やってくる気配は一向に無く、籠ったような蝉の鳴き声を聞きながら二人で待ちぼうけ。
いい加減、スマホをいじって時間を潰せるのも限界が近づいてきた。

「湖那、聞いてる?」
「んー?」
少し苛立つあたしの心中を知る由も無いからか、湖那が間延びした返事をして難しい顔を解き放つ。
「先生来ないんだけどー。」
一度スルーされたので、わざと語尾を伸ばして言ってやる。
「うん、そう。 クイーン、おかしいと思わない?」
折角解き放った難しい顔が、今度は真剣な表情になった。
こんな表情の時の湖那はもの凄く集中していて、文字通り誰の言葉も聞き入れない。

「先生が追いかけて来ないことが?」
校内に侵入した時に壁の向こうから聞こえた先生の言葉を思い返してみようとしても、何か叫んでた位にしか
思い出すことが出来なかったので、あたしは湖那の質問に質問で返す。
「まぁ、それももちろんそうなんだけど・・・」
そこまで言って、再び湖那は顎を引いて考え込んでしまう。

他人の心情を察するというのは、難しい。
それは家族や親友、友達、知人といった身近な人物であってもだ。
もし、あたしに『他人の気持ちを思い遣る』なんて事が出来たとしたって、そこにある『事情』や『条件』と
いった背景が分からない以上、解答に辿り着く可能性は低い。
それができたなら・・・ 両親との関係ももう少し良好、だったかもしれない、けどね。

「湖那さぁ、考えるより、校門の所まで行って直接話せばいいんじゃない?」
職員室の壁に寄りかかりながら、なるべく軽く、湖那の沈思を邪魔しないように言ってみる。
「うん・・・ 確かに、そうかもね。」
あたしを振り返った湖那の顔は少し晴れて、眼鏡の奥の目も穏やかになっていたように感じた。
「湖那。 何でも話してよ。 あたしでもいないより、湖那一人で考えるよりは、ましだと思うからさ。」
遜って聞こえたのか、湖那が少し眉を顰めた。
「クイーン、そんな言い方しないの。 クイーンがいないより、なんて、いた方が良いに決まってるじゃない。」
あたしよりほんの少し高い位置にある湖那の顔が正面に向き直って、僅かに心が、揺れた。
「クイーンと一緒にいるの、楽しいよ。 わたし、1年の時から一人で新聞部やって来たけど、クイーンが
手伝ってくれるようになってから、なんか、やる気出るんだよね。 やってる事は同じなのに。」
思い耽るように、湖那は天井を眺めたり、足元を見つめたりと、落ち着きがない。

「だからさ、わたしには、クイーンが必要なんじゃないかな。」

ドクンと、鼓動が、大きく、跳ねた。
湖那の、心の全てから滲み出ているような笑顔に、どういう訳か、顔が熱くなってくる。
これ、は・・・

「そ、かな。 よく分かんないけど、そういってもらえたら嬉しい、かな。」
慌てて、あたしは湖那から視線を逸らす。
「うん。 ありがと。」
ポンと肩を叩かれて、思い切りあたしの全身が跳ねる。
バ、バカ! 何で動揺してんのよ、あたし!

と、逃げるように湖那の方から身体を反転させ、メイン昇降口の方を向いた時だった。
蛍光灯に照らされる廊下の突き当たりの扉が開き、中から誰かが出てきた。
「あ、湖那! あれ!」
名前を呼んだ人の方を振り向けないまま、あたしは図書館の方を指差す。
「ん? 誰かいるね。 あ、こっち来るよ?」
湖那の言う通り、その人影は小走りでこちらにやってこようとしているようだったので、あたしも図書室の
方に足を進める。

歩き出してすぐ、向こうもあたし達の存在に気が付いたみたいで、大きく手を振って合図をしてきた。
制服姿のその人物の頭に着いた大きなリボンは、今朝見掛けたものと同じ赤い水玉模様。
「クイーン!」
ちょうど食堂に差し掛かろうとするあたりで、岩佐さんがあたしを呼んだ。

「ねぇ、愛奈ちゃん見掛けなかった?」
岩佐さんは何となく焦っている様子で、こちらが挨拶をするよりも先にそう問いかけられる。
「愛奈って、図書委員長の空知 愛奈?」
確認するように、あたしの隣に並んだ湖那がゆっくりと尋ねる。
「うん。 15分位前に資料倉庫に行くって図書室を出て行ったんだけど戻って来なくて・・・ねぇ、見てない?」
「15分前?」
湖那が、あたしと顔を見合わせる。

「あたし達、職員室の前に30分位いたんだけど、誰も来なかったよ。」
資料倉庫は職員室の向かいにあって、図書室からそこへ行く為にはあたし達の前を通らなければ辿り着けない。
しかし待っている間、守口先生どころか誰も通っていないのは疑いようのない事実だ。

「うそ・・・ じゃぁ、どこ行ったのかなぁ、愛奈ちゃん。」
岩佐さんは両拳を握りしめ、落ち着かない様子で辺りを見回す。
「資料倉庫じゃなくて、備品倉庫の聞き間違いだった、とかは?」
湖那が機転を利かせて問いかける。
備品倉庫は、理科室の向かいである北階段2Fの脇。
確かに同じ『倉庫』と名が付くし、図書室を出てすぐの階段を上るだけならあたし達が気付かなかったのも
仕方ないと言える。

「そう・・・かなぁ。 じゃぁ、行ってみる。 ありがと。」
手伝おうかという声が出ようとする前に、彼女は怒涛の速さで元来た廊下を引き返して行ってしまった。

「あたし達も、探してあげよ・・・?」
湖那へと顔を向けたその時、あたしがしようとした提案の言葉は最後まで言い切ることが出来なかった。
その表情が、今まで見た事も無いほど真剣だった、と言えばいいのか。
引いた顎を左手で支え、どこを見つめるでもなく瞬きだけを繰り返している。

「・・・湖那?」
視線の先に割り込むと、ハッとなった湖那と目が合う。
「なんか、おかしなことばっかりだね、クイーン。」
至近距離で、湖那はふいと目を逸らしてそう言った。
「気にし過ぎだよ、湖那。 七不思議の調査だからって過敏になってるんじゃない?」
それは湖那に言ったのだろうか。 あるいは・・・

「とにかくさ、校門の方に行こうよ。 まずは守口先生に会わないと、ね。」
「うん・・・」




 

 

 

 

その10へ     その12へ