Never open doors   その21


9月 2日  凶雲   17:26

side 路美花/優緒   place 3F廊下

 

結局、ここに辿り着くまでの間、廊下を隔てた全てのドアが開く事は無かった。
申し合わせたように何食わぬ顔で、人が立ち入るのを拒んでいるかのように。

目の前には、これで最後となった音楽室のドア。
私はゆっくりとドアノブを回して、それを、引いた。

それと同時に溢れ出す、聞き覚えのあるメロディ。
ショパンの幻想即興曲。
しかしいくら防音が施されている音楽室とはいえ、ドアを開けるまで音が漏れていなかったのが、気になった。

教室は電気が点いておらず、ピアノの音だけが響いている。

 

 

いや、何かが、机と机の間にいる・・・?
暗くてよく見えないけど、私にはそれが人の後頭部に見えた。

そして、その上空を漂う平たい板状の何か。
その板状の何かが、突然高速回転し出したのに気付き、咄嗟に私はこう叫んでいた。

「潤里ちゃん! しゃがんで!!」
机の陰から飛び出ていた頭は一瞬こちらを振り向き、すぐに姿を消した。
その直後、頭があった場所を抉るように平たい物体がぐるりと円を描いた。

「ジュリ!」
私を押しのけるように音楽室へ踊りこんだ路美花ちゃんの為に、私は壁際の電気のスイッチを押した。

すると、先程から空中に浮かんでいたのはいつもなら壁に掛かっているはずの額であることが分かった。
これも、七不思議の一つじゃない・・・。

路美花ちゃんが潤里ちゃんを呼んだ直後、ピアノの音がピタリと止んだ。
空中に制止した額がこちらを睨みつけるようにゆっくりと向きを変える。

ゆらり、ゆらり・・・

向き直った表面に描かれている肖像画が、

私を、

嘲笑している。

全身に、寒気が走った。

不安定に浮かんでいる肖像画は、どの場所にあっても私の方を向いているように見える。
この人物は、描かれた時、一体どのような精神状態でキャンバスの前に立っていたのであろうか。
この人物を描いた絵師は、何を思ってこの人物を描いたのか。

たった一瞬、この肖像画を見ただけだというのに、押し寄せる、不安。
肖像画の人物が、明らかな狂気の笑みを浮かべている事が、理解できてしまったから。

そんな私をよそに、路美花ちゃんは机の上を飛び渡って額を捕まえようと試みている。
不規則に空中を漂うそれは悠々と路美花ちゃんの腕をかいくぐり、時に高速回転で反撃すらしている。
しかし、路美花ちゃんもさる者で、攻撃を避けつつ着実に教室の隅へと額を追い込んでいく。

路美花ちゃんが戦っている隙に、私は机の下に隠れている潤里ちゃんの元へ駆け寄る。
「潤里ちゃん。 大丈夫?」
青褪めた表情の潤里ちゃんは、こちらを見つめて大きく頷いた。
「優緒、さん。」

「たぁっ!」
路美花ちゃんの気合いの叫び声が、静かだった音楽室の空気を引き裂いた。
それを聞いて潤里ちゃんと同時に立ち上がると、床に着地した路美花ちゃんが額を必死に抱え込んでいる姿が
目に飛び込んで来た。
「ジュリ! 優緒! 捕まえたよ、もう大丈夫。」
爽やかな笑顔でやり遂げた事を告げる路美花ちゃんは、潤里ちゃんにはどんなふうに映っているのだろうか。

 

 

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「ロミオ、優緒さん。 ありがとう。 それに、ごめんなさい。」
再び静けさを取り戻した音楽室で腰を落ち着け、潤里ちゃんが改めてわたし達に感謝と謝罪を述べた。
「いや、無事で良かったよ。 ね、優緒。」
「そうね。間に合わなかったらどうなってた事か。」
片づけきれなかった、床に散らばる木材の破片を数えながら、私はぶっきらぼうに返答する。

「それにしても、一体何が起こってるんだろうね。」
額を蹴り壊した足の靴紐を結び直して、路美花ちゃんが真剣な表情に戻った。
「わからない、けど、七不思議みたいな事になってるのは確かね。」
確かに、潤里ちゃんの言う通りとしか思えない。
ただ、そのうち2つは、こうして路美花ちゃんによって鎮圧されてしまったのだけど。

「だとすると、残る七不思議は3つ。 美術室と理科室と図書室だけど・・・」
「僕達で、行ってみる?」
先の2件で自信をつけたのか、路美花ちゃんが不敵な笑みを浮かべて提案する。
「ロミオ、助けてくれたのは嬉しかったし、感謝もしてる。 でも、危ない事はもうしないで。」
潤里ちゃんがそう言うのは、たぶん怖いからというよりも、純粋に言葉通りの意味に違いない。
「うーん、優緒はどう思う?」
思わぬ反対意見が返って来たからか、路美花ちゃんが正面に座る私を振り返る。

「私も反対ね。 今までは路美花ちゃんが何とか出来たけど、残りもそうとは限らないわ。」
「そうだけど、優緒は見たくない?」
「命を掛けてまで見たいとは思わないわ。」
しゃれこうべも、さっきの肖像画も、私達に対して明らかな『敵意』を持っていた。
見たいのは山々だけど、もし、路美花ちゃんでも太刀打ちできないようなのが出てきたら、それこそ終わり。

「それよりロミオ、軽手さん達と合流しようよ。」
「そうね。清良さんの事も気になるし。」
「そっかぁ・・・」
私達は話を切り上げると、めいめいに席を立つ。
潤里ちゃんも私達に会えてかなり元気を取り戻せたみたいでよかった。

だから、最後に席を立った路美花ちゃんが呟いた一言など、気付きもしなかったのだ。

「残念だなぁ。」
口元に薄く微笑みを浮かべている路美花ちゃんが、ゆっくりと私達の後を追って教室を後にした。


 

 

 

 

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