Never open doors   その27


9月 2日  凶雲   18:31

side 湖那   place 職員室 → 校長室

 

職員室の奥にある『校長室』と書かれたプレートの付いたドアのノブを、慎重に回して、数センチ押す。
電気が点いておらず真っ暗な室内を、隙間から覗き込んで中を確認する。
物音は聞こえなかったので、わたしは一気にドアを開けてすぐに電気のスイッチを押した。

校長室はしんと静まり返っており、見渡す室内に異変は感じられなかった。
机と、応接テーブルにソファー、書棚と観葉植物、書の入った額に風景画、書類入れや調度品。
何の変哲も無い、かつて一度だけ呼ばれた時に見た時と同じ、校長室だった。

わたしは入ったドアの内鍵を閉め、どこから探そうかと思案する。
まずは・・・当初の目的通り『赤い表紙の詩が書かれた冊子』か。
わたしは書棚へ向かい扉を開ける。
どうやら学校関連の資料が入っているようで、沿革や経営方法、近隣資料まで本の種類は多岐に亘っている。

岩佐さんが見つけたというその冊子。
どのような経緯で発見したのかは分からないけど、目に見える範囲であることは間違いないはず。
書棚に収められている全ての書物を少しずつ引き出して確認するも、赤い表紙のものは見つからなかった。

おかしい・・・
見落としか、見間違えたかと思ってもう一度同じ動作を繰り返すも、無い物が見つかる事は無かった。
そんなはずはと思って振り向いた先に、それは、あった。

校長の机の重厚な黒色の天板の上に、不釣り合いに、赤い、紅い、朱い、掌大の冊子。

近づいてよく見てみると、どういう訳か胸の奥に言い知れぬ不安が沸き起こってくる。
明らかに『事件の手掛かり』となる物だと知っているからだろうか。
恐る恐る手に取り、表紙を、めくる。

冊子は、実にシンプルな造りだった。
硬紙で構成された表紙と、裏表紙。
その間に綴じられているのはたった一枚の古い、和紙だろうか、端の方が少し黄ばんでいる。

『いちばんひだりの  あかまつに
いのちのともしび  あいまみえん
くりゅうのからだ  とぐろをまいて
うちゅうのはてへと  るふせしめよ』

そして、その和紙の裏には七不思議と共に『第二代校長 権田 義治』という毛筆の署名が刻まれていた。

間違いない!
岩佐さんが見たという冊子はこれだ!
わたしは自分の脳に染み込ませるかのように、何度も文章を目で追った。
ひらがなで書かれている文章は達筆で、署名と同じ筆跡に見える事から、恐らく同じ人物が書いたと思われる。

わたしは大きく深呼吸をして、一度辺りを見回す。
窓の外は相変わらずで、部屋の中にはわたし以外に動くものは無い。

さて、問題はこの文章が何を指しているのか、だ。
殆どは全く意味が解らないけど、1行目は思い当たるものがすぐに思い浮かぶ。
校門から入って体育館を正面に見ると、赤松の木が3本植えられているのだ。
『一番左』がどちらから見て左なのかは分からないけど、それを指しているのだろうか。

でも、それだけではこの文章全体の『存在意義』とは言えない。
まだ、まだ何かある。

必死に頭を回転させ、わたしは時間が経つのも忘れ文章に向かい合う。
無意識に、わたしの足がテーブルの周囲をゆっくりと歩きまわる。

それが何回繰り返されたか、数えていないわたしには分からなかった。
しかし不意に、稲妻のように私の脳にその文字は現れた。

詩の2番目の文字だけを、摘出して、並べてみると。

『ち・・・か・・・の・・・い・・・り・・・ぐ・・・ち』

気付いた瞬間、ぞわりと、背筋を何かが走り抜けた。
この文字列が、偶然でないとしたら。
地下が、この学校に地下があるなんて聞いたことが無い。
2代目の校長が暗号にしてまでこの文章を、この事実を残した意味は何なのだろう。
そしてわざわざ仁志本校長がこの冊子を『今日の、今』この場所に置いた意味は。

調べなければ!
何が、ここで何が起きているのかを!

校長の机の引き出しを、わたしは乱暴に次々開けて行く。
と、一つだけ、引っ張っても開かない鍵の掛かった引き出しに辿り着く。
机の内側、椅子の足元に置かれている黒いビジネスバッグを、何かに取り憑かれたように掻き回す。
手帳、万年筆、ハンカチ、携帯電話、ティッシュ、常備薬、財布・・・の中にも。
無い!
鍵が、無い!

大事な物なら、肌身離さず持ち歩くのが人間の心理のはず。
だから私は、一心不乱に鞄の中を探した。
すると、鞄の内張りの一部分が破けていて、外側との間に隙間が空いている事に気付いた。
慎重に、指を、隙間に、進めて行く・・・

コツッと、爪の先に何かが当たった。
中指と人差し指で、小さな板状のそれを引っ張り出す。

鍵だ!

何の確信も無いのに、わたしはその鍵を引き出しの鍵穴にあてがい、押しこむ。
じゃりっと、さも当たり前のように、その鍵は鍵穴へと吸い込まれて行く。
固唾を飲みこんでから、わたしは鍵を回した。


 

 

 

 

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