Never open doors   その28


9月 2日  凶雲   19:11

side 湖那   place 校長室

 

そこは、明らかに異様な空間だった。

外側から見た限りは『単なる机の一番下の引き出し』に過ぎないのに、内部は奇怪で、とても学校の机の
引き出しの内部と言えるような印象を与えるものではなかった。

引き出しの内側の側面には、びっしりと謎の図形が描かれた紙が隙間なく貼り付けられている。
☆の形、いわゆる五芒星の真ん中に燃え上がる眼。
わたしのボキャブラリーで説明するなら、そう表現するので精一杯だ。
そして、引き出しの中央には恭しく紫の風呂敷包みが一つ鎮座している。

言い知れぬ緊張感の中、そっとそれを手に取ると、上質な布地の感触が掌で感じられた。
結び目を解き、寄せられた布地の四隅を順に開く。

そこに収められているのは、何枚もの紙の束と、一冊の大学ノート。
布の裏側にも、引出しに描かれているのと同じ図形が刺繍されていて、校長のこの図形に対する不気味なまでの
偏執的な何かが窺える。

紙束は英語で書かれているけど、授業で習った事の無い単語がびっしりと羅列してあって、到底すんなりと
読み解けるものではなかったので、早々に諦める事にした。

しかし、なんだろう。

読めない文章のはずなのに、どうしてこんなに不安を感じるのだろう。
ふと顔を上げたわたしは、全身に力が入っていた事に気付き、強張った身体を身震いでほぐした。

次に目を向けるのは大学ノート。
しっとりと汗ばんだ掌を一度ハンカチで拭ってから、何も書かれていない表紙を開く。

『セラエノ断章』
表紙を開くと、鉛筆で大きくそう書かれているのが目に飛び込んで来た。
筆跡は、おそらく仁志本校長の物だと思われる。
ページの左下には『2006年12月より』と書かれていて、仁志本校長が赴任してきた7年前の冬から
書き始められたものだと気付く。

『あいつに対抗するために、私は知り合いである大学教授を頼り、ついにこの文書を手に入れた。
今日の日の我が誓いを忘れぬため、私は翻訳の前にこの一文をここに記す。 仁志本 武昭』

翻訳・・・
ということは、このノートが紙束を翻訳した物!?

そのタイトルが示すものを、わたしは知らなかった。
『あいつに対抗』・・・?
あいつとは、誰を示すのか。 校門の化け物の事か、それとも、他の誰かの事なのか。
手に入れた手掛かりが、また新たな謎を呼ぶ。

とにかく、中身を見ない事には始まらない。
全く運動もしていないのに治まらない速さの鼓動を抱きながら、わたしはページを繰った。

 

 

 

禁断の、知識    へ、        よ  う          こ   そ    。

 

 

その内容は、荒唐無稽。
ただのオカルト。
到底信じがたい、流言蜚語。
面白いミステリー。

いつものわたしなら、そう思う。
今のわたしでも、そう思う。

なのに、何故?
全身が、ノートを持つ手が、脳が、心が、魂が。
揺さぶられ、震え、激しい衝撃で動かない。
この文章のリアリティを、肯定してしまっている、のか。

今ここで起こっている事、それらから身を護る為の、おまじない。
おまじない・・・?
そんな表現ではあまりにも言葉不足、過小評価。
そんな生ぬるい物じゃない。

文章には固有名詞と思われる単語も多く、正直ぱらぱらめくって行っても直ちに理解できるものではない。
とはいえ、この眼が付いた五芒星の描かれたページに辿り着いた時、これが邪神の眷属から護ってくれる
力があるという記述を見つけた。

・・・よくは解らないけど、オカルトに詳しい優緒なら何か知っているかもしれない。

さすがに勝手に持ち出すのは気が引けるので、わたしは素早くノートのページや紙束をカメラに収めてから
風呂敷の刺繍、つまりこの図形を画面いっぱいに撮影した。
『得体のしれない何か』に対抗できるというのなら、この先役に立つかもしれない。

風呂敷包みを元に戻して引き出しの鍵を掛ける。
鍵を鞄に戻して、何事も無かったかのように、全てを元に戻す。
まだ、鼓動の速さだけは元に戻らないけど、わたしはもう一度部屋を指差し痕跡が残っていない事を確認する。

職員室のドアを開けて身を翻した丁度その時、廊下側の校長室の入り口のドアがかちりと音を立てた。
わたしは入って来たとき同様、ドアにほんの少しの隙間を残して覗き込み校長室の様子を見る。

ドアが開き、何者かの、影が------------


 

 

 

 

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