Never open doors   その29


9月 2日  凶雲   18:26

side 路美花/優緒   place 図書室

 

電気が点いたままになっている図書室に、路美花ちゃんと私は警戒しながら足を踏み入れる。
来慣れている普段と違い人の気配が無い図書室というのは、必要以上にしんと静まり返っていて不安が募る。
しかし、不安が募る原因は、特に今はそれだけではない。
ここが『七不思議』の舞台であり、『怪異』が潜んでいる可能性があるという事の方が、この緊張感の理由に
相応しいような気がする。

「優緒、気を付けて。」
「路美花ちゃんこそ。」
慎重に周囲を覗いながら、私達は図書室の中を探る。

決して広くはない書架の通路を順番に視て回る。
書棚の上や、本の隙間まで、時間を掛けて安全を確認していく。
この棚を抜けた向こうに、何かがいるかもしれない。
路美花ちゃんと背中合わせになりながら、そんな覚悟を決めて一通り書架を巡った。

「大丈夫・・・そうだ、ね?」
「今のところ、ね。」
緊張のあまり、路美花ちゃんの言葉に対する返答の語尾が同じになってしまった。
湖那にあんなこと言っておきながら私がこれじゃ、会わせる顔が無い。

次に、私達は貸出カウンターへ向かう。
いつもは図書委員が貸出処理をしたり、何かしらの作業をしている場所。
作業台の横には学校の鞄が二つ置かれていて、これらは恐らく図書委員の物ではないかと思われる。

路美花ちゃんがガチャガチャやっていた図書準備室は鍵が掛かっていたみたいなので、私は首を捻る。
これまでであれば『七不思議』に則った『何か』が起きるはずなのに、何も起きていない。
もしかしたら先にここにいた図書委員が既に解決してしまったのかしら。

『本が棚から勝手に落ちる。』
実際にそうなのか、あるいは、『そう見えるようにしている何かがいる』のか、どちらにせよ安心はできない。
私は入れない準備室の入り口で立ち尽くす路美花ちゃんに一声かけ、もう一度書架へ向かうことにした。

一番窓側の書架は、文学作品が並んでいる。
作者名のアイウエオ順で並んでいるので、当然、一番左上の書籍の作者は『ア』で始まっている。
ふと、そこに目が留まって、足も止まった。
一番左上にある書籍は『赤松行彦』の著作『断崖の道』。
なのに、その右には青木とか青山とか、誰かが間違えて戻したのだろうか。

赤松・・・
一番、左・・・

ハッとなって、私はあることを思いつく。
湖那が言っていた『岩佐さんが出所の校長室の冊子』の文句が、まさか、まさか!

『命の灯火』!
私は、偶然その書籍のタイトルをどこかで聞いたことがあった。
『向井軌保』という作家が書いたその書籍を、私は反対側の『マ行』の書架から探し出す。

ま・・・み・・・・・・む・・・
あった!
シンプルな白い背表紙のハードカバー本を、人差し指で引っ掛けて取り出す。
かつて、こんなにドキドキしながら本を取り出した事などあっただろうか。

赤松氏の著作の前に戻った私は、手元の本をどうした物かと思案する。
『相まみえん』とあるのだから・・・
何の気なしに、すぐ隣に差し入れてみた。

びょん!

棚に入れたはずの本が、吐き出されたかのように飛び出して私の髪を掠めた。
一瞬遅れて飛び退くも、そこには何もいないしそれ以上何かが起きる気配も感じない。
油断したわ。
まさかこれが『七不思議』にあった『本が勝手に落ちる』ということ・・・?

「ねぇ! 優緒!」
思考の中に蹲っていた私を呼ぶ声が、図書準備室の方から聞こえてきた。
「何、どうしたの?」
気を引き締め直して返事をした私は、小走りで路美花ちゃんの方へ向かう。

「今、この扉からカチャって音がしたから何かと思ったら、ほら・・・」
驚いた事に、先程まで掛かっていた錠が外れていて、路美花ちゃんがノブを回して押すとすんなり開いたのだ。
さらに驚いた事に、文芸部の活動で何度か入った事のある『そこ』とは、大きく異なっている個所があった。

準備室の中央には、ぽっかりと真っ暗な縦穴が口を開けていた。
恐る恐る近づいてみると、言い知れぬ不安が吹き上がって来るみたいで、喉の奥が引き攣りそう。
大きさはおよそマンホールほどの真円形で、断続的に穿たれている鎹状の梯子がどこまで続いているのか、
蛍光灯の明るさが落ちている現在ではとても見通せない。

「こんなの、見た事ないわ・・・」
私の後ろで同様に穴を覗き込んでいる路美花ちゃんを振り返り、思ったままを告げる。
「そう、だよね・・・行ってみようか?」
「無理よ。真っ暗だし、それに・・・」
路美花ちゃんの大胆な発言を、私は即座に否定する。

たった二人で、この中に入って行っても大丈夫かしら。
その前に、ここへ入る為には明かりも必要そうだし。
一体、これがどこへ続いているのか、全く想像もつかない。

「それに・・・?」
不思議そうに首を傾げる路美花ちゃんに対して、一瞬言葉に詰まる。
(怖い。)
今まで『起こった』事件と、『この先へ進む選択』をするのは、怖さの意味が違う。
だけどそんな事・・・言えるはずないじゃない。
「何でもないわよ。 ・・・用務員室に懐中電灯があるかもしれないから、湖那から鍵を借りましょう。」

バツが悪くなってちらりと腕時計に目をやると、既に時刻は7時をとうに回っていた。
体感していた以上に、安全確認に時間をかけすぎたのかもしれない。
湖那が職員室の探索を終えているなら、この穴の事を教えたいし、できれば一緒に来てもらいたい。
私はその旨を路美花ちゃんと相談し、一旦この場を離れる事にした。

『校長室の詩』に起動方法が隠されていた隠し階段の存在。
鞄を残したままで、見つからない図書委員。
時間だけが、無情に過ぎて行く・・・



 

 

 

 

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